第6話 新居到着、気になる出会い
「あの」
「はい」
こちらに向けられるミストグリーンの瞳はとても静かで感情の色が乏しい。
冷ややかな無表情といったところかな。
兄程あからさまなのも問題だけど、ここまで無表情貫かれたら、それはそれでやりづらい。
「結婚の条件、承諾頂けたんですよね?」
「ああ」
「いいんですか?」
「?」
何をと逆にきかれる。この人本当に理解してるの?
「世継ぎとか……辺境伯領を守る上で必要では?」
「ああ、姉の子供が四人程いるので望んでくれれば、そちらに。望まなかった場合は、血筋に関係なく優秀な人間が治めてくれればと」
「そうですか」
真面目に返された。
そう、真面目だ。
彼は馬車には乗らず、自身の馬に乗って戻ると言った。
私が人攫い未遂のトラウマで男性の近くにいるのがよくないと踏んでの判断だ。与えられた馬車には私とゾーイが乗った。
仕方ないので、馬車の窓から声をかけて並走してもらう形で無理に会話してみてるけど、彼は馬車に乗る気が全然ないので仕方ない。
「私では不満だろうが、君の負った傷が治るよう努める」
「はあ」
どこまでも人攫いの件を気にしてくれている。私以外のシニフィエス家に関わっているのだから、話を聞いているだろうし、あの事件で王城の警備はかなり厳重になった。
国境警備を任されている彼もその面では考えさせられるものだったのかもしれない。
「念の為、屋敷でも君の周囲には侍女を多く配置した。なにかあれば屋敷の女性を選べるように指示し、気を配るよう伝えてある」
「えと、ありがとうございます」
勝手に勘違いしてくれててラッキーなのかな?
なんだか少し罪悪感があるけど仕方ない。嫁いでも裸でいられる方を優先したいし。
「私は基本、国境の砦や領地回りがあるので屋敷にいない事が多い。何かあれば侍女を介して呼んでもらえればいい」
となると食事は別々かな?
彼の仕事柄、日中も裸族でいられそう。
「あの、閣下」
「……何か」
ん? ちょっと声音が違う気がする。
あ、そうか。
「旦那様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
結婚してるわけだし、せめて一年円満に過ごすためにも、周囲にはある程度形として示した方がいいだろう。
静かに目の前の英雄は頷いた。
「内容を先に」
「あ、はい。旦那様側からの条件はないんですか?」
「条件?」
「ええ」
こちらだけっていうのもという話だ。
すると視線がずれ、少し考えた素振りを見せた後、冷ややかな視線が戻ってきた。
「毎月決まった日、私は自室でやらなければならない事があるので、その日は一切顔を合わせる事が出来ない」
お仕事かな?
「君からの呼び出しにも応じる事が出来ないので、了承してもらえれば」
「全然いいですよ~」
少しだけほっと肩をおろした気がしたけど、気のせいかもしれない。
その後は、特段お互い声を掛け合うこともなく、無言の中ひたすら馬車が進んだ。
思いの外気まずい。なにせ彼はまだ並走してくれてるし。
「……」
彼の統括する領地は国の西に面したイディッソスコ山の国境線から麓までの全てだ。
屋敷は麓から少し登ったところにあるらしい。
彼に相対する前にゾーイが教えてくれた。まあつまり、私の実家からはそこそこ距離がある。
(あ、やば。眠い)
馬車の規則的な揺れが心地よくて、そのまま私はうっかり寝てしまった。
気まずいが続かなかったから結果オーライとしよう。嫁いだ花嫁としてはよくない気がしたけど。
* * *
「ここが君の部屋だ」
「へえ」
実家より広い。さすが噂さに名高い辺境伯。
私の部屋の奥は寝室だった。寝室には二つ扉がある。
「夫婦の寝室だが私はここに入らず、自室のベッドで就寝する」
この寝室は自由に使っていいと。代々辺境伯が住んでいるなら作りは変えられない。
けど配慮はきちんとあると。本当にこの人は私の条件を飲むのね。
「分かりました」
「ここに来るまで長かっただろう。今日はもう休んでいい」
「ありがとうございます」
この屋敷の侍女筆頭を紹介され、屋敷にいる他の家令については後日挨拶となった。食事は階下でとるけど、今日ばかりは自室でいいとも。
「旦那様、とても配慮して下さってますね」
「そうね」
豪華で美味しい食事をこなし、湯浴み前にバルコニーに出てみる。
馬車に乗ってきた時も思ったけど、この屋敷相当広い。敷地の向こうには聳え立つイディッソスコ山。
引きこもり裸族には目の前の自然が広大すぎる。
「お嬢様……失礼しました、奥様。まだ暖かいとはいえ体を冷やします」
「分かった、戻るわ」
茶を用意するゾーイに言われ戻ろうと思った時だった。
下からぶわっと風が吹き、何かが通り過ぎた。
「え?」
隣のバルコニー、おそらく彼の部屋のその縁に何かがいる。
目を凝らしてみれば、それが人ではないものだと分かる。
「犬?」
じっとこちらを見つめる二つの目。
大型犬だろうか。こちらを見つめ、吠える事もなく身を翻しバルコニーから降りた。
「ちょ、危な」
バルコニーから見下ろすと平然と歩く姿がかろうじて見えた。
すごいわ。魔物ではなさそうだけど、身体のつくりが丈夫すぎる。この家の飼い犬かなにかだろうか。
「奥様?」
「あ、うん」
あの大型犬に少し興味がわく。
屋敷の犬ならすぐに紹介してもらえるだろうし、躾けられているなら触るのも問題ないだろうしね。
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