世界最後の吸血種  吸血種シリーズ2

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

吸血種ジェイミー


——雨が降っていた。


ザーザーと


視界を覆い尽くす水の垂れ幕

髪の毛から滴り落ちる大雫


それは地面に形成された小さな池に

絶え間のない波紋を生み出している。


ボクはその只中で空を見上げ

顔に打ち付ける雨を感じていた。


「……いい夜だ」


滴り落ちる

滴り落ちる


頭のてっぺんから

首や肩を流れて

鎖骨を通過して肘関節へ


やがてそれらは指先へ集約し

ポタポタと水滴が流れ落ちた。


しかし

その雫は紅く染まっている


あるいは背負った罪過のように

殺めた命の最後の輝きとして

ボクに返った血が洗われていく


辺りは


死体と瓦礫に押しつぶされ

ボクが起こした殺戮の爪痕が

色濃く刻まれていた。


使用者の居なくなった巨大な機械や

半分以上がした鉄の砦


全身を対吸血種用の装備で固めた

若い男たちの死体の数々

彼らは皆、もう人の形をしていない


裂けて穴が開き

抉れて弾け飛んだ大地


そのガタガタになった表面を

おぞましい血の川が流れている


これを見れば誰もが察するはずだ

ここで起きたのが戦いではなく

一方的な蹂躙であったことを。


「思いもしなかったろう

ボクが自ら出向くなど」


吸血種ジェイミー


すなわちこのボクを

狩ろうとしている者達が居る


ある筋から手に入れた

確実性の高い情報を元に

ボクは襲撃を行った。


行動開始からおよそ8秒後

彼らは完全沈黙を果たした


いくら装備を整えようと

能力を封じる技術を得ようと


基本の肉体性能で劣る彼らでは

内側に入り込んだボクの動きに

反応することが出来ない。


歴戦の戦士も

吸血狩りとして何十年

鍛錬を続けてきた者も


無慈悲に、一切の差別なく

この爪が根こそぎ殺し尽くした。


人間種と吸血種の絶対的な差は

今に至っても少しも埋まる事は無い



人間達が


`世界最後の吸血種`であるボクを

絶対唯一の敵として排除すると

公に宣言してから、はや数百年


根本の解決策は未だ

発見されていなかった。


それ以前から存在した

数々の兵器、対吸血種用の装備


ボクが同族を狩っていた頃よりは

確実に進歩しているとはいえ


それらはまだ決定的な領域に

足を踏み入れてはいなかった。


故に


ボクはまだ死なない



踵を返す

背を向けて歩き出す


血の水溜まりを踏み抜いた

靴が赤く汚れてしまったが


きっとそのうち

この雨が洗い流してくれるだろう


今宵の殺戮は

これにて終了を告げるのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱



「ああっ!まったくもう!

全然落ちないじゃないか!」


街中を歩きながら

そをな怒号が響き渡った。


夜明け前の時間帯にいい迷惑だ

しかしそれも仕方のない事だろう


なにせ


買ったばかりの衣服と靴に

血の汚れが着いてしまって

取れないのだから。


少し水に濡らして吸えば

落ちるものだと思っていた


「血ってこんなに頑固だったかな

いや落ちにくい素材なのか……?」


暗くも明るい

中途半端な色をした空に

ボクの哀れな独り言が吸い込まれていく。


どうすればこの

忌々しい汚れが落ちるか

それを考えるので精一杯だ。


血を吸えばいい

という考えは確かにある

ボクは吸血種なのだから


自分の血を染み込ませ支配し

そのうえで吸えば自体は解決する


が、


安易にそうする事が出来ないのが

現状の厄介なところだ。


「なにせ、感知される危険があるからね」


最近生まれたテクノロジーだ


人間達の作った小型の機械により

血の力の発動は感知されてしまう


範囲自体は狭いうえ

普及もまだまだのようなので

危険性はそれほど高くは無いが


それでも


`存在がバレる危険性がある`


という点だけで

抑止の効果は発揮されるのだから

厄介極まりない発明と言える。


そういう理由があるので

最も手っ取り早くて確実な手段は

控えざるを得ないのだ。


じゃあなんでわざわざ

どうせ汚れるのに服など

買ったのだと言われれば弱い


しょうがないじゃないか

格好良かったんだから


「人間の文化に関心がありすぎる

というのも考えものだね」


昔は、もっと色々なことに無頓着だった

それこそ身なりなど気にした事が無かった


吸血種は生まれつき美しいので

そして維持するのに努力も要らないので


そんなことに関心を向ける必要など

これっぽっちも無かったのだが


数百年前に出会った

人間の友人ふたりの手によって

価値観をすっかり変えられてしまった。


髪型も変えたし

服装にも気を使っている


相変わらず

女らしい身なりはしていないけれど


前とは比べ物にならないくらい

見栄えが良くなったと自負している。


これが意外と楽しいんだ

なんたって終わりがないからね

どこまでも先があってやり甲斐がある。


拘るという行為は

ボクと相性が良かった

彼女たちには感謝しないとね。


それはそうと


「……これダメだね」


どうにも返り血が取れそうにない

これはもう諦める他ないだろう


ボクでは解決できない

これは手に余る問題だ


だが血のシミが着いたものを着て

街中を歩くのはどう考えても不適切だ


かと言って

捨ておくにはあまりに惜しい


「今度からは何処かに

着替えを隠しておくとして」


次回以降からは

改善策を打つとして


ひとまず今日はまた

の世話になるとしよう。


夜明けまではまだ

幾分か猶予がある


ボクの吸血種の脚力なら

ここからでも間に合うだろう


「急ぐか」


ボクは立ち上がり

その場を後にしようとして


服の裾に着いた血痕に気付き

憎々しげに顔をしかめた。


「次からはもう少し

穏やかに戦おうかな」


もっとも、そんなこと

絶対に出来やしないのだが……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——それで?

また服ダメにしちゃったワケ?」


可愛らしい女の声

には似つかわしくない


程よく日に焼けた色の肌

吊り上がった気の強そうな目尻

幼さが残る少年のような顔立ち


その頬には機械の

黒い油が伸びている


不機嫌そうに

キュッと結ばれた口


大人しめな胸の前で

大胆に組まれた両腕


ボクより高い身長

煤だらけの服


そんな彼女の元へは

きっちり夜明け前に到着した。


「見てわかる通りの有様だよ

キミなら何とか出来るかな?」


自分の着ている服を掴み

アピールしてみせると彼女は


「その程度イチコロだよ」


あっけらかんとそう言った


「ほんとかい?」


廃棄処分は免れないかもしれない

などという悲観的な考えが

少なからずあった身としては


喜びの感情からくる

疑いが表出してしまうが


「あったりまえ!」


ザザーンと波が打ちよせる

人気のない海沿いの倉庫に

彼女の元気の良い声が轟いた。


相変わらず

この家系の女の子は元気がいい


そこまで言うのなら

きっとそうなのだろう

やはり彼女を頼って正解だ



「じゃあさっさと脱いで


その間にお湯でも浴びて

血の匂い落としてくると良いよ


せっかくの綺麗な見た目が

台無しになってるから」


「いつも悪いね」


「ああ、いいんだよ


どうせアタシは機械いじくる事くらいしか

やることないんだし、気分転換にならぁな」


「進捗はどう?」


「んー、まあ普通かな」


「それは良かった」


彼女の言う`普通`とは

調子がいいという意味なので

これは喜ばしいことだ。


「完成を楽しみにしてるよリンド」


「任しといて


吸血種の使用にも耐えうる

最高の装備作ってあげるから」


そう言って無邪気に笑う彼女の顔には

微かにかつての友人の面影が残っていた。


数百年前

この街で知り合った人間にして

ボクの素性を知ったうちの一人


大宿の女主人リニャ


リンドは

あの娘の子孫だった。


そして


ボクの正体と行動を知った上で

協力してくれている大切な友人だった。


「吸血種ジェイミー」


「うん?」


「戦いお疲れ様」


「ありがとうリンド」


かつて結んだ

縁が今に至るまで続いている


ボクはその事に、何か胸の奥から

こみ上げるものを感じるのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


身体を流してさっぱりした後は

リンドのに出向いた。


替えの服は彼女の物を借りた

服と言っても作業着の様なもので

どちらかと言うと実用性に特化している。


例えば耐熱素材なので燃えないとか

防刃加工が成されているとか

耐久力及び防御力に優れている。


彼女らしい


衣装室の中が全て

作業着だったのは驚いたが


オシャレというものに興味が無いのは

かつてのボクと通じるものを感じる。


さて


工房に来たはいいものの


「リンド?どこだい?」


肝心の彼女が見当たらない


そこら中に

よく分からない形の機械が

あちこちに転がっている


作りかけの部品や

塗装を終えて乾かしてあるモノ


`失敗作`と書かれた箱に

乱雑に突っ込まれている機器


適当に置かれているように見えて

リンドにとっては厳密に決められた

置き場所のようで


少しでもズラすと

烈火のように怒られるので

ボクは出来るだけ手を触れないように


リンドの姿を探す


探すと言っても

音のする方向に向かって

歩いていくだけなのだが。


「それにしても広いねぇ」


物だらけなので

パッと見じゃ分かりにくいが

ここは相当に広い工房だ。


何がどうなれば

町一番の宿からこんな


機械いじりの為の工房に

変化を遂げるのか甚だ疑問だ。


その過程はこの目で

しっかりと見たにも関わらず

不可解だと言わざるを得ない。


あの宿はもうない

彼女が売り払ってしまったからだ


その金を使って

これらの設備の初期投資を

行ったのだという


「リニャが知ったら

たぶん泣いてしまうね」


その頬にツーっと

小川が形成されるだろうことは

想像に難くなかった。


そして


ボクの吸血種の耳に

小さく聞こえてきていた

カチャカチャという金属音

その発生源にたどり着いた


そこには


何やらガントレットの様なモノを

膝の上に乗せて作業する

リンドの姿があった。


「お湯、借りたよ」


「こっちも服、とっくに終わったから

その辺に畳んで置いてあるハズだよ」


「落ちたんだね」


「言ったでしょ、任せろって

あんなもの敵じゃないよ


ほら、そこ」


指を差した先には、椅子の上に

綺麗に畳まれたボクの服と靴があった


広げて見るまでもなく

汚れは全て完璧に落ちていた。


「どうやったんだい?」


「化学薬品ってヤツだよ

あたし特製のだけどね」


彼女は機械弄りの専門家にして

様々な薬品にも精通しているので

きっと自分で調合したのだろう。


「なにせやってる作業が作業だ


まともにやってたら替えの服代で

金が吹っ飛んで行っちゃうからね」


「多才なものだね」


リンドという人間は

知識を応用させるのが上手いのだ

発想も柔らかくて面白みがある


そしてその発想を

実現できるだけの技術を持っている

彼女は俗に言う天才というやつだ。


機械を弄って

背を向けながらリンドが言った


「それで、戦いの方はどうだったの?」


ボクが抱えている問題は

彼女と共有していた。


もちろんボクがかつて

同族である吸血種を殺した事や

人類から敵対されている事も知っている。


ボクとしては

人を敵だとは思ってないが


刃を向けられるのなら相応の

対応を取ろうというもの。


話が逸れたがつまり彼女は

ボクの数少ない味方なのだ。


「設備は全て破壊して

人間は一人残らず殺した


情報となりそうなものは

何ひとつあの場には無かったよ」


「気が回る連中みたいだね」


「らしい、中々根の深そうな問題だ」


こんな血なまぐさい話を

リニャの子孫とするなんて

なんだか変な感じだけれど


最近はもう慣れたものだ

今ではこれが当たり前になっている。


「本気でジェイミーを

殺すつもりなんだろうな」


「実際、そう宣言したしね

それもわざわざ大々的にだ」


今から約48年前

全世界が同時に1つの宣言を行った。


それは


`人間世界に仇なす異物

地上最後の吸血種ジェイミー


我々人類は貴方の存在を許さず

滅ぼすものとする、覚悟するがいい`


というものだ。


かなりリスクのある行為だ

もしボクが激情したなら?


その宣言を受けて

人類討伐に乗り出したら?


危険性ばかり目立って

とてもまともな神経での

行動ではないように思えるが


しかしそこに


という前提が加わることで

話はガラッと大きく変わる。


ボクは人間に対して

敵対する意思は無い


それどころか

吸血種の中では比較的

穏健派な方だったのだ。


きっと何処からか

その情報が漏れたのだろう


昔関わった誰からか

それは分からないがとにかく


人間達はボクを

個人として認識している


世界最後の吸血種であると

たった一人に的を絞っている。


これまでは

吸血種という驚異は各地に

世界のあちこちに点在していたが


そのほとんど全てを

この手で始末したことにより

警戒を分散させる必要が無くなった


そして残る邪魔者は

ボクだけということだ。


「吸血種を殺すにあたって

あちこちで被害を出したからね


敵と断定して民衆に

提示するだけの物証は充分ある

ボクはハッキリ驚異とて認定されている」


吸血種を殺したあとは

人間の世界で自由に暮らす

なんて夢は叶わなかった。


強大な生命であるはずの吸血種

人間では一人打ち倒すために何万

何十万と犠牲を払う必要のある存在


それをたった1人で

何体も何体も殺してきた

同族狩りのジェイミー


そんなボクを

人間たちは放っておかなかった。


「まあ驚きはしないさ


考えてみれば当然のことだ

とても理にかなっているよ」


敵の敵は更なる敵である

彼らの理論はとても正しい


「……そこで納得出来るのが

ジェイミーの不思議な所だね

普通は怒ったりすると思うんだけど」


「ボクらは異物だからね

そこは理解しているさ」


一方でリンドは不服そうだった

彼女は作業の手を止めて言った


「……やっぱりあたしには分からない

ジェイミーは良い奴だ、敵じゃない


大好きなんだ、あんたのこと

おばあちゃんがそうだった様に

ジェイミーの事が大好きなんだよ


だから、アタシは

あいつらに腹が立つ」


ガシャンと

手に持っていた部品が

乱暴に投げ飛ばされた


怒り


彼女は真っ赤な怒りに

身を包んでいた


陽炎のようにユラユラと

湧き上がる感情が見える。


それを見て

ボクはふと思った


「キミが宿を売り払って

ここに引き篭った理由は

もしかしてそれが原因かな?」


「ぐ……見抜かないでよ……」


「やっぱり」


今までどうにも

不可解だと思っていたんだ。


彼女は小さい頃

宿を継ぐと言っていたんだ


おばあちゃんの大事にした

町一番の宿を私が継ぐんだと

小さいリンドはボクにそう言った


だがある日

彼女は宿を売り払った


そしてリンドがそうしたのは

人類が吸血種ジェイミーに対して

完全敵対宣言を行った数年後なのだ。


以来彼女は

必要な時以外は全て


この工房周辺に引きこもり

外界との関わりを絶ったのだ。


「あたしの大好きな人を敵だと言う

そんな人間たちに提供する宿なんて無い


そんな奴らに

おばあちゃんが大切にした

あの宿を使わせてなるものか


……あたしはただ

そう思っただけなんだ」


彼女の言葉は

親愛に満ちていた


ボクに向けられた感情は

実に暖かくて尊いものだ


大好きだと言ってくれた

リンドはボクを愛してくれている。


宿を売ったことも

今なら納得出来る


あの子はただ、リニャとボクを

守ろうとしただけだったんだね。


「リンド」


「……なに」


「ボクもキミの事が好きさ

これからも宜しく頼むよ」


「……な、なんか照れるな……ちくしょう

やめろよ、あんまり、そういう事言うの」


「あぁその顔、若い頃の

キミのおばあちゃんにそっくりだよ」


思い出すかつての友の顔

それが目の前のリンドと重なる。


ボクは良い縁を結んだ

こればっかりは完全な計算外だ


でも


幸せだと

ボクはそう感じるのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「世話になったね」


ここへは

服の汚れを取ってもらう為に来たので

それが済んだら後は用がない。


お湯も浴びたし

彼女と話も出来た

留まる理由はもうない


「またいつでも来なよ」


「そうさせてもらおう」


別れの挨拶を済ませて

ボクは次の目的地へと——


「まった!」


「どうかしたかい?」


振り返って

リンドの方を見ると


「これ持っていって」


そう言ってなにやら

大きなボトルを渡された。


「これは?」


「あたし特製の汚れ落としだよ

これさえあれば大抵のシミは落ちる」


「それは凄い」


「まだまだ改良の余地はあるけど

とりあえず実用段階まで漕ぎ着けた


あとは実際に使ってみて

気付くことがあれば教えてね」


さすがはリンドだ

手際の良さが素晴らしい

ボクは最大限の感謝を送ろう。


「ありがとう」


「いいっていいって

そういえば次はどこへ?」


照れくさそうにしながら

半ば話を逸らしたように


質問してくる彼女に

ボクはこう答えた


「ああ、それはね


ボクが全滅させた部隊を

編成したヤツの所だよ」


リンド曰く、ボクの顔には

悪い笑みが浮かんでいたと言う——。

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