月光に紐付く物語

此木晶(しょう)

凍月

「月の満ち欠けって、なんだか人の一生みたいだね」

「なんだい、いきなり」

「ん? 月と太陽どっちが好き? っていう話。わたしは、だから月が好きなんだけど」

「ふーん。俺はお日さんの方が好きだけどなぁ。あれがあるお陰で地球は南極にならんですんでる。月なんざ、太陽の鏡だろ」

「あ~~、そんな事言う? この裏切り者ぉ~」

「オイオイ、なんでそうなるよ」


 十八という年齢がどれほどの輝きと可能性を秘めていたか、誰もが指の間から砂が零れていくように過ぎ去ってしまってから初めてその大きさと眩しさに気付くに違いない。無論、私も含めて。


「原因不明ってのはどういう事だよ」

「アメリカでもまだ七件、日本じゃ初めての症例なんです。分かっているのは、脳波も心臓もまったく停止して意識もないというのに、体温があり確かに生きているという事だけで……」

「そんなこたぁ聞いてない。治るんだろ? なあ、治せるんだろ?」

「…………」


 夜の病院は酷く寂しい。普段なら気にならないような音でさえ大きく響き、世界から一人取り残されたような気分にさせられる。こればかりは未だに慣れる事が出来ない。おそらくこれからもずっと……。

 いつもの様に病室に入るとまずカーテンを開ける。十六夜の光が射しこみ、彼女を照らし出す。

 コーマと名付けられた奇病は瞬く間に世界中を席捲した。先進国を中心としてプロジェクトチームも組まれたが未だ治療法は見つかっておらず、患者は増え続けている。医者も病院のベットも常に不足気味、今はそういう時代だ。

 そんな中で、私は彼女を目覚めさせたいと願い、医者となった。

 だが、現実には無為に流れる日々に追われ、何の為に医者となったのかさえ忘れそうになった事も数度ではない。それでもここにいる事が出来るのは月に一度のこの儀式の所為に違いない。

 あの時と同じ月の放つ光に晒された彼女の姿はあれから何年も過ぎたというのに少しも変わる事なくあの日のままで、そして。彼女が倒れた時と同じ月の下、彼女と対面する。そして私は彼女の側で夜を明かす。それはなぜここにいるのかを、そして私がまだ一歩も進めていない事を、忘れぬ為の、戒める為の神聖な儀式……。

「諦めるものかよ。絶対に……」

 諦念の言葉を作らぬように歯を食いしばり、月を睨み付け何度同じ事を呟いたか。月は何時も揶揄するように凍えるほど冷たい光を私に投げかける。私は返す言葉もない。

 私は彼女を捕らえた『一瞬という永遠』を解く術を持たず、それどころか同じ所をぐるぐると回っているだけなのだから。その度に己がどれほど無力であるかを思い知らされる。

 だが、それでも私は歩き続けよう。

 口には出さず、ただ誓う。絶望を、諦観を、無理矢理に凍りつかせて。

 日の光がやがて氷を溶かすように彼女の時を動かし、再び笑いあう為に……。

『いつか必ず……』

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