第13話 キミには告げられない言葉があるのに
「え?」
「ん、どうした?」
ロザリーの眼前に、白く引き締まった肉体があった。
「なんで、着替え始めてるのよ!」
何時もの冷静さはどこへやら、真っ赤になってロザリーは言う。ノアの前では、何時もこのような様子のことが多いが。
「雨に濡れたから、だが?」
心底疑問だ。と、言わんばかりの声が聴こえた。ロザリーはノアの方を向いていないから分からないが、多分不満げな顔をしていそうだ。
いくら幼なじみとはいえ、妙齢の男女。何も言わずに服を躊躇いもなく脱ぐとは思えなかった。ロザリーは、心の中で思う。
頭を抱えている間にも、ノアが服を脱いでいるらしい音が聞こえてきた。
確かに濡れたままの服では寒い。段々と体温が奪われていく。
ノアの判断は適切だ。けれど、ロザリーは決断が出来ない。
ぐるぐる、とどうしようもなく考え尽くしていると、何かを上からかけられた。
「わぷっ」
少し埃っぽいそれは、この小屋に備え付けられていた毛布のようだった。
「二枚あったから、使うか?」
「投げておいて、『使うか?』は、無いでしょ。でも、ありがと」
ノアの方を振り返りもせず、ロザリーは毛布で自分の身体を包み込み、服を脱ぐ。
ノアはロザリーの事になんて興味は一切ないだろうが、ロザリーが恥ずかしいのだ。致し方がない。
水で濡れ、重く、冷たい服を脱ぐと大分楽になる。
まだ、激しく雨のふる音がする。
暖炉に火を入れたらしく、パチパチ、と子気味の良い音がした。
荷物からロザリーは麻紐を取り出す。そして、近くにあった柱に括りつけて簡易的な物干しを作る。作った物干しに脱いだ衣服をかけた。
薄い下着の上に毛布でくるまって暖炉にロザリーは当たる。ノアとは少し距離をとった。
やましいことはひとつもない。不慮の事故だから。そう思っても見てしまったために気恥しい。
自分とは全く違う身体だと思った。六つに割れた腹。見た目よりもがっしりとした肉体。
ロザリーが欲しくても得られなかったものをノアは持っていた。
――見惚れてしまった。
なんて、言えやしない。羨ましいとも。
薄暗い部屋、暖炉の火の光だけが明かりとなって二人を照らした。ただ、沈黙だけが落ちていく。
ノアは話すことは得意では無い。ロザリーが話しかけ、それに応じてくれているだけだから。
距離を置いて座るノアをロザリーは横目に見た。彼は目を瞑っていた。
「ノア、寝てる?」
ロザリーがノアに問いかける。うっすらと、まぶたが開き金色が覗く。
「寝てはいない」
「そう」
また、気まずい沈黙が落ちた。
「ねぇ、そっちに行ってもいい?」
「構わんが」
「わかった」
ずりずり、とノアにロザリーは近づく。そして、
ぽすりとノアに頭から寄りかかった。
「……ロザリー、近い」
「別に、寒いんだからいいでしょ」
「良くは無い」
「あっそ」
「離れてくれないか?」
「嫌よ」
特に意味の無い押し問答だけが続く。先程までの空気が少し和らいでいた。
「そういえば、どうしてノアはオルメタとの会談に反対なの?」
「会談に反対な訳では無い。ただ、キミに行って欲しくないだけだ」
「どうして、私だけなのよ?皇女様もいらっしゃるのよ」
ロザリーはたたみたける。今のうちに聞いておかねばならないと思ってしまったから。
「それは、」
ノアが口ごもる。やましい事でもあるのだろうか。
「理由は?」
「……今回来る外交官は女性関係であまりいい噂を聴かない。皇女様は婚約者がいるがキミにはいない」
「私に婚約者がいないことがどうして問題になるのよ?」
「そ、それはだな」
ノアがどもる。ロザリーの方を向いていたのが、ぷい、と顔を逸らされた。
「言えないことなの?」
「キミが外交官に言い寄られるのが嫌だから。ではダメか?」
薄暗い中でも分かる位真っ赤になってノアは言う。
ノアの言葉にロザリーは都合良く受け取りたいと思ってしまう。けれど、違ったら辛い思いをするのは自分だ、と己に言い聞かせた。
「ノアにはそんなの関係ない」
「だよ、な」
「と、言いたいところだけれど。ノアが忠告するくらい女癖が悪いのだったら近づかないようにするわ」
「やっぱり。会談に、出るのは出るんだな」
落ち込んだような表情から一転、ノアの表情が少し明るくなる。けれど、ロザリーが次の言葉を紡いだ時悲しそうな声で告げた。
「だって、私は皇女様の護衛だから」
「だよな。ロザリーだからな」
ノアが遠くを見るような表情をした。けれど、ロザリーはそれに気づかない。
雨は、未だに降り続く。
ただ、ロザリーとノアの寄り添う影が小屋に伸びていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます