第11話 語れない心
結局、騎士団長ヴィルヘルムにロザリーがティータイムの件を話したところ直ぐに了承された。
元々、皇太子からも相談されていたらしく、渡りに船だ。と言っていた。
皇女の護衛に関してもつつがなく新人に一日だけ任せることになってしまった。
ここ数年ずっと皇女殿下のそばにいたため、久しぶりの別行動にロザリーは落ち着かない気持ちになる。
――早く終わらないものか
待ち合わせの場所でじっと待っているといつも通りの騎士服に身を包んだノアが馬を携えてやってきた。
「すまない、途中で団長に捕まってしまって」
「そんなに待ってないから気にしないで。さ、行きましょ」
ロザリーは、馬に乗り手網を握る。
別の馬にノアも乗った。
「昔は、一緒に乗ったよな」
思い出したようにぽつり、ノアが呟く。
「一緒にと言っても貴女のお父様と……ベルガー公爵と三人で乗ってたわね」
「今考えればかなり危ないな」
「そうよね、子供とはいえ3人乗りは危ないわ」
くすくす、どちらからかは分からないが2人は笑い出す。
「スピードあげましょうか」
「あぁ」
曇天の中。二頭の馬が風を切る。湿った空気がまとわりつくように二人を包んでいた。
「ここ、あたりかしら?」
「確か目撃情報があったのはこの辺りだったはず」
ノアとロザリーは言葉を交わす。地面に座り込むようにして観察をする。
けれど、小型の獣の足跡は見受けられるが大型の、それこそクマのような生き物の痕跡は見つからない。
「もう少し、奥かしら」
手綱を引きつつロザリーは言う。
「その可能性が高いな。普通に比べて小動物の足跡が多い」
「詳しいわね」
ロザリーは横でしゃがむノアを見た。
「野営の時に昔、食料が足りなくなって狩りをしたことがあったから、だな」
ノアはそう言うとすく、と立ち上がった。
「行くか」
「そうね」
会話は少ない。朝、出発した時の空気と違ってだいぶギクシャクしていた。
「あの」
「ん、どうした」
金色がロザリーを射抜く。ロザリーよりもだいぶ背が高く見上げるのは癪だか、色々言ってやりたいのを抑える。
――男女差、これは仕方ないこと。
ロザリーは己に言い聞かせた。
「なんで、オルメタとの会談をそんなに止めたがるの?」
ロザリーは疑問に思っていた事を口にする。
「……理由は、言えない」
口元を抑えて、ノアは言った。なにかを隠しているのは確実なのに、それが分からない。
「団長は知ってるの?」
「ヴィルヘルム団長は知らない」
ノアが少し俯く。黒い髪が、顔にかかった。
「皇太子殿下はどうなの?」
「知らない。理由は俺しか知らない」
すぅ、と細められた金色がロザリーを睥睨する。
また、この瞳だ。
ロザリーは感情の制御が下手くそだ。いくら猫を被ろうとも上手くいかない。
故に、直感的に分かってしまった。感情を隠す人達がこの瞳をする時には踏み込まない方がよい、と。
だが、今回はそうもいかない。皇女殿下に理由を聞くように任命されているのだから。
「エルフリーナ殿下に頼まれているのよ。『理由を聞いてきて』ってね。だから、お願い」
似合わないとはわかっていても上目遣いでノアに頼んでみる。
その様子にふい、と顔をそらされてしまった。ノアの顔が段々と赤くなっていく。
「今は、言えないんだ。いつかふさわしい時が来たら話すよ」
「その、いつかっていうのは、いつに」
どんっ、と大きい音が二人の後ろからした。
ロザリーとノアが振り向くとそこには巨大な熊がいた。
「……これは、猟師でも狩れない訳だ」
「そうね、普通なら村の猟師がどうにかするはずなのに、騎士団頼みになるのも無理は無い大きさね」
5メートルはありそうな巨大な熊が二人を威嚇する。
片目が潰れ、身体中に大量の傷があった。
「わたしが、囮になるから後ろからお願い」
ロザリーが剣を引き抜く。
「俺がやる。ロザリーに怪我は「いいから」」
ロザリーが被せて言うと、ノアは渋々頷く。
「あんな巨体切れる自信が無いもの」
小さく呟いてロザリーは駆け出す。
「ほら、こっちよ」
駆け出した小さな白銀に熊は襲いかかろうとした。
それを間一髪でロザリーは受け流す。ロザリーが一瞬前までいた地点には大きな爪痕が残っていた。
食らったらひとたまりもない。ひやりとする。
「グゥアアッ!!」
熊が吼える。ロザリーが避けたことに腹を立てたらしい。
「あら、大きな声ね。でも、二人いることを忘れちゃダメよ」
瞬間、熊の頭の上から黒が落ちてくる。
ソレ、は熊の首をめがけて剣を振り落とした。
ゴリ、という音と共に剣が熊に突き刺さる。
「ガァァァアアアッ」
熊が暴れ出す前に剣を手放しノアが地面に着地する。
ふわり、支給された黒いマントがなびく。
首の後ろに刺さった剣を抜こうと藻掻くが抜けない。
そして、だんだんと動きがゆっくりになり、どさり、と巨大な熊は地面に倒れた。
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