第64話 聖女の遠征

 私達はアドンの城から領土の境目に転移し、今はルシーフのお城を目指して歩いている。


「アンリさんのその空間収納? 便利ですね。」


「でしょ? アリエンナちゃんも覚えておくと良いわ。旅には欠かせないんだから。」


 初めて見た時は本当に驚いた。アンリさんが空中に現れた穴に、私の作った料理を次々と放り込んでしまったのだから。


「そう言えば、良く考えたらアドンも使ってましたね。」


 アドンと戦った際、シイタケ棒? とかいう武器を空間から取り出していた魔法と同じだ。


「教えてください。」


「勿論良いわよ。先ず、収納空間をどの程度の広さにするか具体的に定義して……最初だし10㎥くらいで試してみて? それから魔力を0.1g/㎥の密度で薄く注ぎ込むように……」


「あーダメダメ。母さん教えるの下手過ぎ。」


「え? 理解し易いように具体的に教えてるんだけど……。」


「そんな説明で誰が分かるのよ。」


 あっ……


 アンリさんが分かり易くショックを受けた顔をしている。


「私、魔法の先生だってやった事あるのに……。教え子からは分かり易いって評判だったのに……。」


「全然ダメね。向いてないんじゃない?」


 落ち込んでしまった元魔法教師。


 ちょっと可哀想……。


「良い? アリエンナ。たっくさん色んな物をしまいたいなーって考えて。」


「うん。」


「それから、自分の目の前に穴開けーって考えた後に、その穴に物を入れるのよ。」


 私はお母さんの指示に従って替えの服を入れてみた。


「出来た。」


「じゃあ、しまった服出ろーって思いながら取り出してみて。」


 服出ろー服出ろー。


「出来たよ。」


「はい。これでアリエンナは空間収納を覚えたわ。」


 へぇ……結構簡単な魔法だわ。


「あんた達……頭オカシイんじゃないの?」


 アンリさんが凄い顔をして暴言を吐く。


 酷い。


「ねぇ。何でそれで出来るの? 何で出来ちゃったの? 何を考えてたの?」


 何をって、それは……


「お母さんに言われた通りの事を考えていました。」


「それで出来るのがオカシイの! 何それ? 天才どころの話じゃないわよ……。」


 そんな事言われても……。


「ねぇ、本当に何なの? 確かに魔法はイメージによる所が大きいけれど、理論を完全にすっ飛ばして良いわけじゃないのよ?」


 イメージが全部じゃないの?


「お母さん、それ本当?」


 アンリさんの話を聞いて即座に疑問をぶつける。


「さぁ? 私はそれで出来たから良く分からないわ。魔法って簡単ねって思ってたくらいだし。」


「だよね。魔法って簡単だもんね。」


「あ……あんた達…………。」


 ワナワナと震えるアンリさんは、ガクリと地に膝をつけた。まるで自分を全否定されたかのような態度だ


「今まで私が頑張って魔法を特訓してきたのは、一体何だったの……?」


 そんな事言われても……。


「そもそも、アリエーンはいつ覚えたのよ?」


「私? アドンがやってるのを見て真似したら出来たわ。やってみたら、こんなもんかって感じ。」


「お母さん、そんな言い方したらアンリさんがもっと落ち込まない?」


「あら、ごめんごめん。」


 地に膝をついた態勢でズーンと落ち込んでいる。


 あーあ。変な空気になっちゃった。


 どうしよう?



「おやおや、これはこれは美しいお嬢さん方が…………って本当に美人だなオイ。」


「誰ですか?」


 私達を取り囲むように悪魔が五体現れた。


 見たところ1級が三体と2級が二体というところかしら?


 それにしても全然気付かなかったけど……。


「俺達は悪魔同盟、“推ししか勝たん”だ。」


 一体の悪魔が前に出て来て良く分からない事を宣言した。


 何それ? 変なポーズまで付けてるし。


「どういう意味なの?」


「推し以外は雑に扱っても良いという同盟だな。」


 推しって何?


「俺達の推しは今日から君達三人だ。名前を教えてもらえるかな?」


「アリエンナです。」


「アリエーンよ。」


「アンリだけど。」


「なんと! もしや魔神アンリか?」


「え? えぇ、まぁ……。」


 明らかに困惑しているアンリさん。


 魔神ともなれば流石に有名人みたい。


「今日から俺はアリエーンちゃん推しだ。」

「ワシはアンリちゃん推しじゃ。」

「僕はアリエンナちゃんなんだな。」

「俺もアリエンナちゃん推しだ。」

「いやいや、アリエーンちゃんだろ。」


 だから推しって何?


「さっきから言っている推しってどういう事?」


「推しとは、“好き”よりも憧れに近く、他者に薦める事が出来る程強い感情だ。主にグッズを購入したり、握手会に参加したりして応援する事を推し活とも言う。」


 舞台女優を応援する人みたいな意味かしら?


「ところで、お三方は何歳なのでしょうか。」


「私は16歳です。」


「34歳よ。」


「……7万歳。」


 アンリさんだけ言い難そうね。悪魔だから歳って別にどうでも良い気がするんだけど。


「ふむ、一人だけババアがいるな。」


 酷い! アンリさんはババアじゃないのに。


「アンリちゃんに何て事言うんじゃ!」


「お前……人の推しを貶めてはいけない事を忘れたのか?」


「だが7万歳はババアだぞ? お前だって付き合うなら2万5千歳以下が良いって言ってただろうが。」


「確かにそうだけどよ。見た目は若いぞ?」


「いやいや7万歳だぞ? 生きた年月が長すぎて相当スレてるだろ。」


 アンリさんが悲しそうな顔をしている。


 これ以上傷つけさせないようにしないと。


「お母さん! 止めてあげなきゃ…………ってお母さん?」



 お母さんは地面にうずくまり笑っていた。

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