第34話 聖女の祖母(怒り)

 静寂に包まれる中、お母さんが口を開く。


「あら、ギャモーさん? どうしたの?」


 お母さんが一旦止まってくれた。


「アリエンナの母ちゃん。俺はミレイユも母ちゃんと仲良く出来ると思うぜ?」


「そうかしら?」


「あぁ……。人間ってのはあまりにも強すぎる相手を怖がっちまうモンだ。でもそれは、相手の事を良く知らねぇからだ。俺はアリエンナの母ちゃんと結構話したから怖くはねぇけどよ。」


「それで?」


 お母さんはギャモーの話を聞く気になってくれたみたい。


 流石はギャモーね。


「だからよ。ミレイユとたくさん話してやってくれよ。あいつはそんなに悪い奴じゃねぇ。怖いからあんな事言っちまったんだろうぜ?」


「ふーん?」


「アリエンナの母ちゃんだって、なんとなく覚えがあるんじゃねぇのか? 多分……怖がられて色々言われた事あんだろ?」


「……そうかもね。」


 お母さんも感じるところがあるのか、さっきよりも魔力の勢いが弱まっている。


「確かにミレイユだって悪かったと思うぜ? だがよ、いきなり潰しちまったら仲良くなれるモンも仲良くなれねぇ。アリエンナだって結構失礼な口聞くぜ? でも俺は仲良くなれたんだ。」


 ギャモー……そう言えば、そういう事は口にしちゃダメって何度か言われたなぁ。


「そっか……。確かに、ちょっと怒り過ぎちゃったかしらね。」


 お母さんは何とか思いとどまってくれたみたい。


 身体強化の魔法を解き、突き出した拳を引っ込めている。


「ギャモーさんって良い人ね。アリエンナちゃんったら、どこでこんな良い人見つけたの?」


「ドゥーで出会いました。」


「あんなに怒ったアリエーンを止められるなんて凄い事よ? アリエーンの面倒見て欲しいくらいだわ。」


 ギャモーは私と結婚してるから、それはちょっと困るんだけど。


「それにしても……怒り過ぎちゃった、じゃないわよ! 母さん死ぬとこだったんですけど?」


 アンリさんはお母さんに怒りの視線を向ける。


「見なさいよ! 手首折れたじゃないの!!」


「何よそのくらい。取れたってすぐに生えてくるでしょ?」


 いくら悪魔でも、そんな簡単に生えるものなの?


「数年くらいしないと生えてこないわよ! 旦那に心配されるでしょ!」


 それでも数年で生えるんだ……。


「お父さんは笑って許してくれるわよ。」


 それは流石にないんじゃないかな。


「お父さんはアンタが怖いから見ないフリしてるだけよ!」


 えぇ……? お母さんは親にまで怖がられてるの?


「それに、私の頭引っこ抜こうとするってどういう事よ! 私、アンタの母さんなんですけど!?」


 うん。それは私もあんまりだと思った。


「大丈夫だって。300年くらいで復活するんでしょ?」


「結局死ぬんじゃない! なんて酷い娘なのかしら……アンタは悪魔の子よ!!」


 アンリさんはかなり怒っていて、自分の子に向けたとは思えない言葉を発した。


「まぁ……悪魔の子だけど。」


「そう言えばそうだったわね。」


 なにを今更……とお母さんの顔に書いてある。


 アンリさんも納得してしまった。


「それで納得すんのかよ……。」


「全く……どうしてこんなに乱暴な子になっちゃったのかしら。その点アリエンナちゃんは本当に良い子!」


「アリエンナも結構乱暴だけどな。」


 ギャモーったら。恥ずかしいからやめてよね。


「そうは見えないけど。」


「二日前に魔王をサンドバッグにして高笑いしてたぜ? それでもか?」


 アンリさんは私の肩をガシッと掴んで言った。


「アリエンナちゃん。あなたはお母さんのようになってはダメよ? アレは悪い見本。真似しちゃいけないのよ? 命を弄び、血に飢え、暴力に狂ってるんだから。」


 アンリさん…………。





 今度こそお母さんに殺されない?


「……母さん?」


「なあに? アリエーン?」


「そこまで言わなくても良いんじゃない?」


 また瞳孔が開いてる。しかも身体強化の魔法まで発動しちゃってるし。


「そこまで言うわよ。それに……純粋な悪魔があの程度だと思われるのも心外よね。私は魔法タイプよ。ちょっと力が強いからって勝ったつもりになってもらったら困るわ。」


「頭……引っこ抜かれたいの?」


「あなたこそ。母さんをいつまでも1級悪魔だと思ってるの?」


「あら、違うの?」


「確かめてみる?」


 アンリさんは体からゴウっと漆黒の魔力を溢れさせる。それだけで家の壁がビシビシとひび割れ、周囲を全て魔力で呑み込んでしまった。


 感じられる魔力の量は、お母さんの優に数十倍はあった。


「この魔力で覆われた空間内はね、悪魔の住む位相のズレた世界なの。ここなら何をやっても周囲に被害は出さないわ。」


 使い勝手の良さそうな魔法ね。これなら村人も死なないで済む。


「ちなみに、私は魔神アンリ。何百億といる悪魔が住む魔界の一角を簒奪せし者。アリエーン? あなた……喧嘩売る相手を間違えてるわよ? 魔界でも五体しかいない魔神の力……受けてみる?」


 いつの間にか背には黒い翼が、頭には二本の禍々しい角が生えている。


 これがアンリさんの悪魔形態、みたいな感じ?


「今の状態の私は加減が下手だから、アリエーン……死なないように気を付けるのよ?」

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