第33話 聖女の焦り

「寿命がない? じゃあ私の兄弟姉妹は皆生きてるって事?」


 お母さんも知らなかったみたい。


「うーん……。現時点で生きてるのは5人ね。悪魔とのハーフって生き辛い時代や国が多かったから、特別強い子しか生きてないわ。私だって四六時中子供達を監視出来ないし……。」


「思ったより少ないわね。」


 私もそう思った。


「中には妻や旦那に先立たれて自死を選んだ子もいるのよ。皆良い子ばかりだったんだけど……アリエーン以外は。」


「お母さんは良い子じゃなかったの?」


 悪いお母さんというのも想像がつかない。実は不良だったとか?


「そうよ。そりゃあ酷いものだったわ。ちょっと気に入らないってだけで、よその子とその両親をすぐにミンチにしちゃうし。」


「お母さん?」


 いくらなんでもそれはヒドいと思う。


「仕方ないじゃない。いじめてくるんだもの。」


「嘘おっしゃい。ちょっと揶揄われただけで殴り潰してたでしょう?」


 ギャモーもミレイユさんも顔が引き攣っている。


「今はそんな事してないわよ?」


「当たり前よ。今でもそんな事してたら大問題でしょ。」


 子供の頃でも大問題だと思うよ?


「何よ。揶揄ってくる奴らがいけないんでしょ? どいつもこいつも弱い癖に底意地の悪い奴ばかりでさ。口で攻撃されたから、体で反撃しただけよ。」


 お母さんが子供っぽい事を言っている。


「まぁ……元々は相手が悪い……のか? お前の母ちゃんかなりヤンチャだな。」


「きっとアンリさんに甘えてるんですよ。お母さんだって人の子ですし。」


「人の子……? 悪魔より悪魔らしい悪魔の子よ。」


 ミレイユさんが青ざめた顔でボソッと呟く。


 大丈夫? 聞こえてたんじゃない?


「何ですって? 叩き潰すわよ?」


 お母さんの瞳孔が再び開いている。


 あっ……マズい。


「待っ……」



 ズドオォォン!!!



 お母さんが一瞬にして消えたと思ったら、直後に私の真横で物凄い轟音がした。


 あまりの衝撃で、爆発した後のように煙が立ち視界が悪い。


「ミレイユさん!」


 ミレイユさんが…………。


 私はショックのあまり、床に膝をついてしまった。


 ギルドで毎回お世話になっていたミレイユさん。


 彼氏が出来たと嬉しそうに報告する彼女の笑顔が頭から離れない。


「ミレイユさん…………。」


 視界が晴れるとそこには……


 お母さんの拳を止めるアンリさんがいた。


 紙一重のところでミレイユさんとの間に入り、止めていたようだ。


「ちょっと、アリエーン? ミザリーの子孫をいきなり潰そうとしないでよ。」


「私、口が悪い子は嫌いなの。母さんでも邪魔すると容赦しないわよ?」


 お母さんの体は淡く輝いており、どうやら身体強化の魔法を発動しているようだった。拳には更に力が入り、アンリさんを押し返している。


「ちょっ……何でそんなに力が強いのよ! もしかして強さを隠してたの!?」


「まぁね。いざという時の為に、戦力を隠しておくのは重要でしょ?」


「いざという時は今じゃないでしょ!」


 アンリさんが押し負けそう。ダメっ!


(ミレイユさんを守って! 神様お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますアイス食べられなくなっても良いからどうかお願いします!)


 私は聖女の祈りを発動する。


 今の衝撃で気絶してしまったミレイユさんを囲う様に、半透明のキラキラと輝く壁が出現した。


「アリエンナ? どうして邪魔をしようとしてるの? お母さん悲しいわ。」


 お母さんの瞳孔が縦に開き、虹彩は金色に輝いている。


 本気で怒ってる時の眼!?


「待って! ミレイユさんは良い人よ!」


「アリエーン! やめなさい!!」


 両手で押し返そうとしているアンリさんはあまりの力に拳を受け止めきれず、地に膝をつき徐々に床に足がめり込んでいく。


「母さん? このままだと母さんが潰れちゃうわよ?」


「くっ! 若い子の失言くらい許してあげなさい!」


「それは駄目よ。いちいち許してたらキリがないわ。」


「いちいち潰してたらキリがないでしょ!」


 私も身体強化の魔法を使ってお母さんを後ろから引き離しにかかる。


「アリエンナ? お母さんの邪魔しちゃ駄目よ?」


「嘘でしょ……? アリエンナちゃんも既に私に近いくらいの力があるの?!」


 私が止めに入るとアンリさんが床に沈まなくなった。多分その事を言っているのだろうけど、今はそれどころじゃない。


「お母さんお願い! ミレイユさんとアンリさんを攻撃しないで!」


「攻撃? 違うわよ。ちょっと躾ようと思ってるだけ。」


「今のお母さんの躾だと死んじゃうから!」


「母さんなら多分死なないわよ。多分ね。」


「でもミレイユさんが死んじゃう!」


「後でアリエンナが治してあげるでしょ?」


「死んだ人は生き返らないよ!」


「そう? それは残念ね。」


 お母さんの力が更に上がる。纏う魔力が上昇しているようで、再びアンリさんが床に沈み始め、私もそれに引きずられる。


「待って! ホントに待って!」


「アリエーン! 母さんを殺す気!?」


 アンリさんは懸命に叫び、お母さんを踏みとどまらせようとする。


「母さんは首を引きちぎったって死なないでしょ?」


「死ぬわよ!? アンタ、母さんを何だと思ってるの!!」


「1級悪魔でしょ? そのくらいじゃ死なないって。試してみようか?」


 そう言ってお母さんがもう片方の手をアンリさんに伸ばす。


 ダメっ! 止まらない!!


「アリエーン……?」


 アンリさんが諦めの表情を見せたその時……


「ストップだ!!」


 突然ギャモーが大きな声を出す。

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