第112話 天使の休息①
食い倒れの街として、有名な関西のO。
奇妙な出で立ちをした目立つ三人組の男女が、とても優雅とは言えない一時を過ごしていた。
「だいたいね。あんたは真面目過ぎて、いけないと思うのだよ」
手にした箸を左隣に座る大男へと威圧的に向けたのはブロンドをサイドテールにした色白の女性だった。
やや緑がかった空色の瞳、抜けるように白い肌と鼻筋の通った顔立ちは日本人とはとても思えなかった。
背は低く、顔つきだけではなく、体つきもぽっちゃりと丸みを帯びていた。
元のスタイルはスリムだったことが窺い知れる。
着ている白いセットアップがそれを物語る。
今ははち切れそうな状態になっており、無理矢理にでも体を収めているように見えた。
「そうそう、兄者は真面目でよくない」
大男の左隣に座っていた女性が同調するように畳み掛ける。
この女性もまた美しく、煌びやかなブロンドの持ち主だった。
もっともばっさりと刈られたショートカットで後頭部は刈り上げている。
この女性の右の瞳はぽっちゃりした小柄な女性と同じ系統のコバルトブルーだが、左の瞳は黄昏時を思わせる色合いだ。
「いや、しかしだな。お前ら、食べ過ぎではないのか?」
右と左から、同時に
大男もブロンドをさっぱりと短く刈り込んでおり、整っているがどこか、厳めしい面構えのせいか、さながら軍属の青年といった印象が強い。
この男性は左隣の女性と瞳の色が丁度、逆になっている。
右の瞳が黄昏の色に染まっており、左の瞳がコバルトブルーなのだ。
「さっきのはウォーミングアップでこれは前菜だよ、
「ギャビー、お前……お好み焼きがウォーミングアップとは何の冗談だ? それから、
「だから、お前ぽっちゃりになったんだな」と喉まで出かかった言葉を発さないのは、男が元より寡黙な性質なのもあった。
この非常に目立つ容姿の男女三人組。
単なる外国人観光客では決してない。
海路での旅が比較的、安全ではあったもののそもそもが海外への渡航が、危険と困難を伴っている。
何より、彼らは淀みない
彼らの正体は正確には人ではなかった。
『世界を動かす者』の会議メンバーに名を連ねる特級のあやかしである。
ぽっちゃりした小柄な女性は会議に欠席していたOに本拠を置く、極東方面の監視者の一人・ギャビーだった。
彼女に与えられた任務は極東地域における鈴。
協力関係にあるとはいえ、その動向に注視せねばならない存在がある以上、保険としてギャビーが派遣されていたのだが……。
食い倒れの街で美食という名の魔物に心を囚われ、ほぼ仕事をしていない。
挙句の果てに会議を欠席し、行列の出来るラーメン店に並ぶほどに完全に食の道にはまっていたのである。
何より、彼女は監視対象の『歌姫』ともそれほど、遠い関係になかった。
すっかりと毒され、『歌姫』の手解きを受け、グルメ系動画を投稿するまでになっていた。
木乃伊取りが木乃伊になるを実践した女。
それがギャビーである。
大男は極東の眠れる虎の首都だったB市に本拠を置く、極東方面のもう一人の監視者・
会議にも参席していたが、寡黙で武人肌の性質が災いし、あのような腹芸を必要とする場では沈黙を貫くことが多い。
『九十九島の大迷宮』外なる宇宙の邪なる神々の横槍で誕生したと推定される危険な建築物である。
これを最優先としたのはこの任務を本来、受けるギャビーが音信不通となっていたせいだ。
その為、本拠地を離れ遥々、危険を省みずに海を越えてやって来た。
しかし、あやかし相手に
以来、何をしているのかと自責の念に堪えていた彼もすっかり、食い倒れの街に毒されつつある。
大男・
気軽に各地を旅が出来る
サリーと名乗り、世界各地を転々とする彼女はその数少ない転移者の一人だ。
しかし、彼女の名は死を意味する。
大鎌の断罪者。
サリーの二つ名はその名の通りである。
両手持ちの大きな鎌が彼女の愛用する
そんなサリーがふらっと現れたのも何の因果か、食い倒れの街だった。
仕事の一環として、ギャビーを吟味すべく、サリーもまた、木乃伊取りが木乃伊になるを実践する羽目になる。
彼女の顔には何の色も現れなかった。
兄の寡黙とは異なる無感情・無表情で全てがつまらないと悟りを得たと言うよりは死んだ魚の目をしていたからだ。
そのサリーが今では『歌姫』のライブにはまり、過激なコメントを書き込みながら、投げ銭を投じていることを兄は知らない……。
リーは最近、妹が感情を表すようになったのを大人になったのだと勘違いしているだけである。
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