第111話 目覚める性癖

 『魔法の鏡』を介したゲェルセミユリナの短いようで意外と長かった一時間の会談は滞りなく、終了した。


 本来は収穫が終わった黄金の果実を『鏡合わせの世界』に転送するのが用件だった。

 長々とお喋りをする必要は全くないのだが、離れて暮らしているだけに積もる話があるのだろう。

 母と娘のはいつも、このようなものである。


 会談が終わった後のユリナはたいてい、ダイニングルームのソファに腰掛け、ぐったりとしている。

 見かねた麗央がマッサージをするのもの光景だった。

 慢性的な肩凝りに悩まされているのも大きかった。

 肩を揉むだけでユリナが喜んでくれるのでマッサージをしている麗央も幸せな気分に浸れるのだ。


「お母様と話していると疲れるのよねぇ……」

「そっか」


 麗央は軽く、相槌を打つだけで止めた。

 「楽しそうに喋ってなかったかい?」と口から出かかった言葉は無理矢理に飲み込んでいる。

 分かっていてもそこを指摘しなかった麗央は賢かったと言うべきだ。

 素直に認めるユリナではない。

 一を言ったら、少なくとも三は返って来るとみて間違いないだろう。


「うん。そこそこ。もうちょっと、強く」


 麗央が意識して、逸らしていた視線を少しだけ、下に向けると今にも零れ落ちそうなユリナの豊かな果実が嫌でも目に入って来た。

 ゲェルセミとの会談ではしっかりと厚着をしていたユリナだが、夫婦二人きりともなると無駄な服を着ている必要がないので脱いでいたのだ。


 外ではしない刺激的な恰好をしたユリナが、これ見よがしにをテーブルの上に乗っけていた。

 余程、重たくて辛いものらしい。


 麗央が肩を力強く、揉むと「あぁ。そこそこ。すごくいいわ」とユリナは妙に甘ったるい声を出す。

 麗央の違う部分の血流が激しくなり、滾っていた。

 元気になっていく麗央の麗央は既に準備万端そのものだが、こればかりは麗央だけに責任を問う訳にはいかない。

 しかしながら、煽るような恰好と仕草をしているユリナが一概に悪い訳でもなかった。


 ユリナの持つ力自体に問題があるのだ。


「レオ? 大丈夫?」

「あっ。うん。大丈夫だよ」


 危うく意識ばかりか、あちらまでも本当にどこかにいきかけていた麗央がユリナの声でふと我に返った。

 あれほどに滾っていた麗央の麗央も少しばかり、勢いを失ったがそれでも服の上から、はっきりと目立つ状態である。


 魔女である祖母フリッグと母ゲェルセミから継ぐ形質も影響していたが決して、それだけではない。

 ユリナの中で眠りについたまま、覚めることはないかつて『緋色の衣を着た乙女』が持ちし力の影響が非常に大きい。

 魅了チャームではなく、魅惑テンプテーションと呼ばれる精神に作用し、心までを侵食する力である。


 勿論、ある程度の力を有したにはこの力に抗しきれる耐性を有している。

 一般的な神族に属している者であれば、魅了チャームは何の意味も持たない。

 魅惑テンプテーションの領域まで達している場合、行使する者が神族もしくは同等に匹敵すれば、非常に危険である。


 麗央は半人半妖の混血ではあっても稀に見る高い耐性を持っていた。

 その麗央ですら、ユリナを前にするとなのだ。


「ねぇ、レオ」

「な、なにかな?」


 腰掛けた姿勢のまま、ユリナが振り返った。

 麗央の背が高いこともあり、自然と上目遣いになっている。

 麗央の目にはユリナの目が熱情を帯びて、蕩けているように見えた。

 焦りからか、麗央はマッサージしていた手を止めてしまう。


「私もお礼がしたいわ」

「お、お、お礼!?」


 ユリナはマッサージを止めた麗央の手に釘付けとなっていた。

 やや骨ばった男らしい大きな手に夢中だった。

 さながら獲物を見つけた捕食者のようだった。

 自分の中に愛する男の手に噛みつき、指を舐めたいという妙な性癖が眠っていようとは本人すら、露知らないのである。


 一方、麗央にはユリナの視線を違った意味で捉えている。

 彼はユリナが手に執着しているとは全く、気付いていない。

 彼女の熱を帯びた目が見つめているのは自分のモノであると勘違いしていた。


 ユリナの「大丈夫?」で冷水を浴びたように元気がなくなり、小さくなって項垂れていた麗央の麗央が再び、元気にむくむくと大きくなっていた。

 『お礼』とは一体なんだろうかと否が応でも期待が高まっていた。


「じゃあ、行きましょ」

「う、うん。い、いこう。そうだね」

「ん?」


 『いこう』のニュアンスが何か、おかしいとユリナが僅かに小首を傾げる。

 しかし、それほど気にすることでもないと考え直し、麗央の手を取ると寝室へと誘う。

 普段、ユリナがこんなに積極的な行動に出ることはない。

 麗央の勘違いはさらに加速していく……。




 寝室へと赴いた二人が暑い夜を過ごしたのである。

 ……となるような性的な知識を有さない二人だった。

 「こんなはずではなかった」とやや呆然としている麗央。

 ユリナは対照的にえらく元気だった。


「…………」


 ユリナに手を甘噛みされ、指を一本一本、丁寧に口に含まれては舐め尽くされていた。

 指を舐めながら、煽情的な流し目を送られる新手の苦行だった。


 ユリナは性癖を満たされ満足しているのか、麗央の変化には気付いていない。

 普段であれば、この夫婦はパートナーの微かな変化にも敏く、反応する。


 麗央は己の指がユリナの小さな口に含まれ、丁寧に舌で舐められるので性的な快感を感じていた。

 己のモノが彼女の口に含まれ、奉仕されている錯覚を抱いていた。

 こうして、麗央もまた、変な性癖に目覚めてしまったのだ。

 刺激していないのに天を向くほど、元気になっていた麗央の麗央はやがて、勝手に絶頂を迎え盛大に迸った。


 呆然としていたのはそういうことである。


 さすがにここまでくるとユリナが気が付かないはずはない。

 すんすんと鼻を鳴らすユリナに麗央はどこか、怯えにも似た感情を覚える。


「ねぇ、ねぇ。何か、変な匂いしない?」

「き、き、気のせいじゃないかな?」

「怪しいわね。お風呂入ろっか♪」

「お、お、お風呂!?」


 麗央の苦行が浴室でも続いたのは言うまでもあるまい……。

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