第102話 備忘録CaseVIII・絶対領域の始まり

 ユリナの力は日増しに高まっている。

 これは実はユリナだけに限ったことではなく、鏡合わせの世界からやって来た者全般に見られる傾向だった。

 こちらの世界に体が慣れ、力の加減や調節が容易になったのも大きかったが、最も多大な影響を及ぼしているのは『歌姫』の唄である。

 唄の呪力でマナを定期的に取り込めるようになった結果、本来の力を取り戻しつつあったのだ。


 ユリナも当初はライブで『滅びの歌』を披露する度、本人も昏倒していたのが今では全く、変調を来していない。

 意識を保った状態で自由自在に固有結界・絶対領域アブソリューターベライヒを展開出来るようになっていた。


「それじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃい。って言うのもおかしいな。あれ? 寝ちゃったか」


 ユリナを優しく抱きとめると麗央は彼女の体を横抱きに抱え上げた。

 壊れ物でも扱うように慎重な手つきで扱っている。


 ライブでユリナが昏倒することはほぼない。

 お姫様抱っこをする機会が以前ほどはなくなっている。

 それでも彼女が全幅の信頼を置き、身を預けてくれたことが麗央は嬉しくて、仕方が無かった。


「リーナ、相当怒ってるってことかな?」


 安らかな寝息を立て眠り姫の如く、静かな眠りについているを抱きながら、麗央は不穏な独り言を呟くのだった。




 燦々と降り注ぐ南国らしい強すぎる日差しにきらきらと煌く、白い砂浜の上で一人の女性が目を覚ます。

 女性が目を覚ましたのはユリナが、絶対領域アブソリューターベライヒを展開したのとほぼ同時だった。


「あ、あっれえ? おっかしいなあ。あてし、あれ?」


 その女性――多田 知陽ただ ちはるは二日酔いで痛む頭を押さえつつ、上体を起こした。

 YoTuberとして、活動するようになってから順風満帆だった。

 チャンネル登録者数も順調に増え続け、五十万を超えた。

 その祝杯代わりとばかりにいささか昨晩の飲み会で飲みすぎた自覚はチハルにもあった。

 だが、それくらい羽目を外しても構わないだろうと己を過信もしていたのだ。


 それなのに今、心臓が早鐘を打つように激しく、鼓動している。

 違和感である。

 友人に担がれたと考えるにはあまりにもおかしい状況だった。


「何なのよおおお」


 照り付ける陽光の強さは本物だった。

 ドッキリにしては出来過ぎているとチハルは思った。

 絶え間なく、一定のゆったりとしたペースで打ち寄せる波の音がした。

 本来であれば、心を落ち着かせてくれるものだが今のチハルにそれを楽しむ余裕はない。

 自分のいる場所は日本ではない可能性があるという到底、受け入れがたい現実を前にしていたのだから。

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