第101話 備忘録CaseVIII・あてしはまだ本気を出してないだけ
ユリナの活動は一ヶ月に一度の唄のライブ配信を行う以外、不定期な雑談配信がある。
この雑談配信は不定期でいつ開催されるのか、分からないゲリラライブの趣きが強く、それもあって人気コンテンツとなっていた。
不定期なスケジュールにより、見られるかどうかは運任せのところが大きい。
だが、人気の理由は希少性によるものとは少々、違っている。
この雑談ではユリナの気分次第で視聴者の相談に応じてくれることがあるのだ。
ユリナの唄で床に伏していた病人が完治した。
そのような真偽のほどが分からない話までもがさも、真実のようにSNSで広がっている。
それに縋る者がいたとして、おかしなことではなかった。
ユリナが興味を引かれたのは切羽詰まった様子で書き込んだと誰の目にも明らかな相談のコメントだった。
『助けてください。うちの娘がおかしくなって。誰にも相談できなくて』
要点が書かれず、要領を得ない内容だった。
しかし、ユリナには妙に勘の鋭いところがある。
放っては置けないと感じたユリナはすぐにこのコメントを書き込んだ者を特定するよう
コメントを書き込んだのは
彼女には確かに一人娘の
都内の一流大学を出たばかりで二十一歳。
このチハルがヨウコの悩みの種になっている『うちの娘』だった。
チハルが内定していた企業を蹴り、YoTuberになったと調査報告に目を通したユリナは「それくらいでおかしいなんて、言い出すとは思えないわ」と麗央に断言した。
果たして、その通りだったのである。
チハルは『タダちゃんTV』というチャンネルを運営している。
登録者数は五十万を突破しており、伸び率も高い。
人気チャンネルと言っても何ら、おかしくない。
しかし、内容にはやや問題があった。
自身のコミュニケーション能力の高さに相当な自信があるらしく、物怖じせずにガンガンと突き進む姿には確かに一種のカリスマ性が感じられた。
だが、プーちゃんとの決定的な違いがあった。
相手への優しさと心遣いが欠けているのである。
「あてしはまだ本気を出してないだけだから!」を口癖に年頃の娘にしては下品ともとられかねない豪快な笑い方をするチハルの姿を見れば、母親が思い悩むのも理解出来るとユリナは同情を禁じ得なかった。
「レオはどう思う?」
「俺は……リーナが考えているのと同じって言ったら、ダメかな?」
「ふぅ~ん」
屋敷でリラックスしている普段のユリナは麗央が編んだ緩やかに編み込まれた三つ編みのおさげである。
結構なボリュームのあるおさげがユリナの感情に合わせ、嬉しそうにウサギの耳のようにぴょこぴょこと揺れた。
麗央はそれを見るたびにどういう原理なのかと不思議に思いつつ、瞳をきらきらと宝石のように煌かせる彼女の前にただ、可愛いの一言で心を占拠されている。
「じゃあ、レオの
「え?」
「ダメ?」
麗央はユリナに上目遣いでお願いされると極端に弱い。
ユリナはそれを分かっていて、より効果的に見えるようにと研鑽を怠らなかった。
麗央に対して、お願いするだけでひたすら磨いた技である。
その破壊力たるや推して知るべし。
「名もなき島か」
簡単に首を縦に振りそうでありながら、そうでもない。
麗央は意外にも僅かに眉間に皺を寄せ、難しい表情でそう呟くだけだった。
ユリナも麗央に思うところがあるのを知らない訳ではなかった。
麗央は生まれてすぐに親元から離されて、育っている。
幼少期に親元を離された点では三兄妹も似た境遇にある。
だが根本的な違いがあった。
三兄妹は追放といった形ではあったものの傍に面倒を看る者の姿があったからだ。
彼は海に流された。
面倒を看る者など誰もいやしない。
大海原を彷徨した麗央の小舟が辿り着いたのは『名もなき島』と呼ばれる絶海の孤島だった。
来るべき『
麗央はこの島の指導者として、皆から慕われる魔物によって育てられた。
そして、この島は既に鏡合わせの世界に存在していない。
かつて想像を絶する戦いがあった。
世界を混沌に帰すことを望み、暗躍した炎の魔神と麗央の戦いだ。
持てうる力全てを出し切り、激闘を繰り広げた両者のあまりに強い力は自然にも影響を与えた。
火山活動によって誕生した『名もなき島』は活発化した火山の噴火により、海の底へと消えてしまったのである。
島にいた魔物はユリナとそれに助力したアスガルドの神々の手により、助け出されている。
彼らは後にユリナが女王として治める地に移住している。
しかし、麗央の第二の故郷は失われてしまったのだ。
「そうよ。だから、私の唄で見せてあげようと思うの」
「もしかして、俺にもって、思ってる?」
「嫌だった?」
「嫌じゃないけどさ。それって、何か違うんだ」
「レオはそう言うと思っていたわ」
「目を閉じると思い出すんだ。島のことをさ。だから、思い出はこのままにしておきたい」
島があった子供の頃を思い出そうとするかのように遠い目をして、逡巡する麗央をユリナはそっと優しく、抱き締める。
身長差があるので麗央の胸元に丁度、ユリナが顔を埋める体勢になっている。
接したユリナから感じる温もりに彼女の心遣いを感じた麗央はお返しと言わんばかりにユリナを抱き締めた。
暫くの間、ただそうしているだけで二人は幸せを感じられたのである。
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