第96話 歌姫のお仕事③

 ユリナはゼノビアからの定例報告に目を通し、的確で簡素にまとめられた内容に満足していた。


 兄イザークフェンリルを呼ぶのに大量のエナジーを消費した為、それを補うべく『九十九島公園の大迷宮』に蔓延る悪意に満ちた存在を喰らわせることでエナジーを代替した。

 しかし、それでも三人の娘を全員呼ぶのに到底、足りなかった。


 三人どころの騒ぎではない。

 アルテミシアとエリサをそれぞれ単体で呼ぶことすら、叶わないエナジー量だった。

 それでもエリサを呼べる算段がユリナの中になかった訳ではない。


 しかし、そうしなかった。

 エリサではなく、ゼノビアをまず呼ぶことに決めた。


 アルテミシアを呼ぶのにエナジー量が全く、足りていないことも大きかったが、それ以上に彼女が彼の地を離れる危険性を考慮しなければならなかった。

 アルテミシアはそこに存在するだけで抑止力となる。

 冥竜の二つ名は伊達でないのだ。

 彼女が現れるかもしれないとの誤報で一つの町が消えたことすらあった。

 それゆえ、アルテミシアを呼ぶこと自体が時期尚早であると言えた。


 エリサはユリナの護衛ボディカードであり、仕える侍女とはまた異なる内々を総括する重要な立場にある。

 何よりも『女王の番犬』の異名を持つ秘蔵っ子でもあった。

 その為、真っ先に呼ばれると自負していただけに今回、呼ばれなかったことで枕を濡らしているとの噂まであるほどだ。


 ユリナに仕える者はこの三人娘だけではない。

 乳母として、彼女が赤子の頃より仕えるスカージと技術担当者として仕えるメニヤがいる。

 ヨトゥン霜の巨人族の女巨人として知られる彼女らも須らく、脳まで鍛えてしまった部類である。

 これにはヨトゥンが騒乱の中で生き抜いてきた過酷な歴史が影響しているのだが、ユリナのところにいる者は多かれ少なかれ、ほぼ武闘派ばかりだった。


 だからこそ、ゼノビアのように諜報能力に長けた冷静な視点を持つ人材が貴重であり、重宝がられるのも仕方ないことだった。


(さすがはゼルゼノビアね。きれいにまとめられているわ)


 経過報告には内偵すべき二人の人物の情報が事細かに記されていた。

 ゼノビアの生真面目な性格がよく出ている。

 与えられた任務を忠実にこなす徹底した仕事人ぶりは、ユリナがゼノビアを高く評価している理由の一つになっている。


 ユリナは諏訪湖の畔に建つ教会のシスターに関するレポートにはさして興味を示さない。

 諏訪湖で休眠中の竜は、旧中国から襲来した高位の怪異・相柳ソウリュウとの戦いで激しく傷ついている。

 出雲の国で体を休めているもう一体の竜は多頭竜であり、より巨大な体躯を誇るので損傷した個所の修復が割合、順調という知らせを光宗博士からも受けていた。

 ところが諏訪湖の竜はそう簡単にいかない代物だった。

 一つしかない頭が半分、吹き飛んでいる。

 両腕も前腕から先が喪失しており、両足もズタズタに裂かれていた。

 それゆえ、現時点で優先させる予定にないことをユリナは既に知っている。


 だから、諏訪湖のレポートを適当に読んだという訳ではなかった。

 それ以上にユリナの目を引く項目が出雲の国のレポートにあっただけなのだ。


(な、な、なんなの、この生き物! 可愛いんですけど☆)


 ユリナの目を釘付けにしたのは内偵対象のたける少年ではない。

 その隣にちょこんと立っている二足歩行の白いウサギ・イナバである。

 「ああ。やっぱりね」とユリナの反応で既に気付いていた麗央は機先を制することに決めた。


「ダメだよ、リーナ」

「ま、まだ何も言ってないのにどういうこと!?」

「言わなくても分かっただけだよ」

「むむぅ」


 「ねぇねぇ。レオ! ウサギさんを飼いましょ」とユリナが言うに違いないと踏んだ麗央の読み勝ちだった。

 ユリナが普通のウサギさんを飼おうと言うはずがないことを見越して、動いた麗央の目は正しかった。

 麗央は彼女の三人の娘が普通ではないことを知っている。

 こうして、麗央のお陰でが生まれずに済んだのである。

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