第57話 備忘録CaseVI・歌姫、西へ①幽霊列車
草木も眠る丑三つ時、高速新幹線の駅として知られる新Y駅のホームに彼らの姿があった。
「この方が味わいがあっていいでしょ?」
ユリナはフリルとリボンがふんだんにあしらわれた余所行きの純白のツーピースドレスに身を包み、あっけらかんとした表情で言った。
何とも納得がいかない顔をする麗央だったが、彼女に満面の笑みを向けられるとついつい理由もなく納得しかけ、慌てて
何の迷いもなく純粋にそう感じ、行っているとしか思えないユリナの笑顔はあまりにも眩しかった。
つい見惚れていた麗央は冷静さを取り戻そうと再び、
「味わいか。分かるけどさ」
しかし、麗央は「何で駅で待つ必要があるんだい?」と二の句を継ぐことを諦めた。
心の底から、嬉しさを表現しているのがユリナだけではなかったからだ。
ホームを興味津々といった様子を隠そうともせず、イリスとフェンリルが駆け回っている。
彼らの無邪気な姿を見ると水を差すのも悪いと慮るのが、麗央の長所である。
少しばかり前まではポメラニアンほどの大きさしかなかったフェンリルが、一回り大きくなった。
サイズは既に日本スピッツもかくやというほどだった。
気合を入れた余所行きのドレスを着たユリナを始めに雷家の面々が、どうして深夜の新Y駅のホームにいるのか。
それはユリナが妙なこだわりを見せたことに起因する。
N県S市にある九十九島観光公園に突如として、出現した謎の建造物『
極東の小さな島国において、現時点で
本来ならば、『タカマガハラ』が自国内の怪異による超常現象を人知れず処理する。
それが道理でもあった。
しかし、現状の欠けた『タカマガハラ』にその力がない。
ユリナや麗央と同格とまでは言わないまでも力のある
その為、出現した迷宮が『リアルに現れたダンジョン』として、YoTubeで取り上げられるようになると全てが後手に回った。
迷宮の恐ろしさを知らず、不用意に侵入した配信者は憐れな第一号犠牲者となった。
新たな指導者として、連なる者の一人を迎えた新体制の『タカマガハラ』が重い腰を上げた時には犠牲となった者が両手の指で数えられないほどになった。
『迷宮』へと通じる表門には厳重な封がされ、武装した警備員が置かれた。
ここにきて、人々もようやく事の重大さに気付き始めたのである。
混乱している世界の中で比較的、平和を保っていた日本も例外ではなくなりつつあることに……。
そして、この不測の事態の発生に旧日本国が所属する
それが異国の地の
既に異国の地から渡来したあやかしであるユリナ=歌姫リリーにより、日本はほぼ骨抜きにされていた。
PROの強制的な提案でありながら、渡りに船と言わんばかりに飛びついたと思われても仕方のない状況だったとも言えよう。
かくして九十九島の迷宮を処理すべく、ユリナは麗央、イリス、フェンリルを伴い遥か西の地へと赴く必要性に迫られたのである。
ここで鎌首をもたげたのがユリナの
ユリナが持つ力は父ロキの血に由来する変容・変質させるものであり、この力は他の兄妹にも受け継がれている。
長兄のフェンリルは己の体を変容させ、その体躯をより大きく強固な物へと変質させた。
次兄のヨルムンガンドも兄と同じ、巨大な体躯へと自らの体を変質させたが大きな違いがある。
攻撃を前提とした戦闘的な進化を遂げたフェンリルと比べ、負けるとも劣らぬ巨躯を誇るヨルムンガンドだが守りに徹する防御へとその体質を変容させたのは二人の生まれ持った性格の違いによるところが大きい。
異母兄のナリもまた、体を変容・変質させることに長けていた。
他者を取り込むことでその特質を変化させる力は、三兄妹よりも父ロキの血が濃いことを窺わせるものだった。
異母妹のイリスは母親が人間である為、変容・変質の力はやや弱い。
髪や爪を自在に操り、攻撃の手段へと転じることに長けていたが、やはり血は薄くなっていると言わざるを得なかった。
そして、ユリナである。
人間が地獄と考えているヘルヘイムを治める
ユリナは他者に働きかけ、変質・変容させることが可能なのだ。
その力の一端が歌姫として、謳っている歌に現れている。
ユリナは実体を持たないものにも働きかけられる。
それを応用し、空間と空間の座標に働きかけることで
彼女の知識があれば、N県S市への移動は瞬きしている間に終わるはずだった。
ところがユリナがそれでは面白くない旅になると言い出した。
彼女の
何かと理由を付けては麗央との時間を有意義に過ごしたくて、仕方がない一種の病気である。
「こんなこともあろうかと思って、幽霊列車のチケットを取っておいたの」
舌をちろりと覗かせ、おどけたように言うユリナの様子を見て、麗央は思った。
してやられた、最初から仕組まれていたのだと……。
だが、今回の小旅行が余程、楽しみなのか嬉しそうにしているユリナの顔を見ているとなぜか、全てを許せる麗央なのだった。
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