第56話 錯綜する思惑②
その部屋は暗かった。
照明は落とされ、辛うじて判別が出来るのは大きな円卓の置かれていることくらいだった。
微かな駆動音が静寂に包まれた室内に響き渡り、円卓に仄かな灯りが灯っていく。
一つ、二つと次々に灯る灯りの数は円卓に用意された座席のと同じ十二である。
灯りにはほんのりと人物の画像が投影されており、ネットワークを介して遥か遠き地に繋がっていることを示していた。
『SIGNAL:LONDON』や『SIGNAL:ROMA』といった欧州地域が多いが、『SIGNAL:St.PETERSBURG』や『SIGNAL:BEIJING』といった東方の諸地域の名も掲示されている。
そのうちの一席だけ、違和感がある。
その座席には投影された画像ではなく、一人の少年が座っていた。
少年――ダミアン・レフィクルは太陽の光をそのまま映したような豪奢な黄金の巻き毛に目が覚めるような澄んだ青い瞳を持つ美しい少年である。
しかし、当の本人であるダミアンはきれいな顔に不機嫌さを隠そうともせず、左手で頬杖をつき、右の人差し指で円卓をコツンコツンとリズムよく叩いていた。
「君達の言うことは分かるよ。しかし、エレガントではないね」
ダミアンの不遜な物言いにざわつく者もいれば、せせら笑う者もいる。
様々な反応を見せる理由はそれだけ、
「レフィクル殿。貴公の言い分は分かるが、同意は出来かねるな」
ダミアンと対角線上の座席に灯る灯り――『SIGNAL:LONDON』と記された座席の主が即座に反応を見せた。
いささかの感情も感じさせない機械的な冷徹とした声だった。
「ジョエル。だからと言って、力で物を言わせる時代に逆戻りするのはどうかと思わないかい?」
「しかし、力なき者が正義を騙れはしますまい? 違いますかな」
ダミアンに名指しされたロンドンに座すジョエルではなく、別の方向から声が上がった。
慇懃無礼な物言いはどこか癇に障るものがあり、援護されたジョエルすら舌打ちをしている始末である。
声を発した灯りには『SIGNAL:NUERNBERG』の文字が躍っている。
今期より、
旧ドイツを統括するセレフは同地にて、強い影響力を持つノートゥング家との黒い繋がりを指摘される得体の知れない男である。
「
ダミアンの歯に衣着せぬ言い方に当の本人である
「我々としてもだ。アース神族の思惑に乗った現状を好ましいとは思わん。だが、我らの総意は決してそのようなものではない」
この円卓会議に参加している旧欧州地域の面々は全員、FREの理事を務めている。
中でも旧イギリスを統括するジョエルは全てにおいて、異質の存在であるが欧州地域を統べる者でもある。
PRO副大統領の首席補佐官を務めるダミアンと世界の方向性を含めた考え方の相違が大きく、会議における二人の対立は一種の風物詩だった。
「然り。我らは穢れた大地を浄化し、安定させることこそ肝要なりと考える」
やや堅苦しさを感じながらも威厳に満ち、落ち着いた声が何とも言えない雰囲気に包まれた場の空気を変えた。
声の主は『SIGNAL:ROMA』。
旧イタリアの首都ローマに座し、火薬庫となりかねない欧州地域に目を光らせる武断派の重鎮ミケーレだった。
「君と意見の一致を見るとは珍しいね」
「我らは
「そうだね」
ダミアンとミケーレは
表裏一体。
光と影。
互いに欠けてはならない存在でありながら、二人の距離は縮まることがない。
革新的な考えを持ち、変革をもたらす者と伝統的な考えを持ち、安寧をもたらす者。
決して相容れない二人が、珍しく一致を見たところで会議は自然と終息へと向かうのだった。
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