第18話 ヤンデレ歌姫の最愛

 ユリナは気になって、仕方がない。


「そのリス子さんが気になる?」


 例え、それが自分であっても他の女の話をしないで欲しいと内心、歯ぎしりするような思いを秘めながら、そんなところをおくびにも出さず、問い掛けた。

 麗央に内面を決して、悟られないようにと花笑みを絶やさないまま……。


「うん」

「そう……」


 『気になる』と聞きたくない答えを聞いたユリナは途端に沈むような思いに囚われた。

 自分のことなので嬉しいはずなのに聞きたくなかった。

 そう考えてしまう醜い自分自身をユリナは決して、認めたくない。

 ましてや麗央に醜い己の心を知られたくないとも考えている。


「リーナは気にならないのかい? 熱心に応援してくれるファンなんだよ」

「そうよね」


 そう言って、太陽のように朗らかな笑顔を見せる麗央を前にするとユリナは悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。


「リス子さんのこと、好きなの?」


 「私とどっちが好き?」と言いかけ、慌ててユリナは口を噤む。

 そんなことを聞くこと自体、麗央に失礼だと思ったからだ。

 麗央が優しい心の持ち主であり、博愛精神にも似たところがあると知っているのだから。

 彼はよく『好き』という言葉を用いることも当然のように知っていた。


 そして、ユリナは理解している。

 麗央の特別な『好き』が自分にだけ向けられるものだということを……。

 だからこそ、口にしてはいけないと慌てて、口を噤んだのである。


「ああ。リーナもファンのこと、大切に思ってるだろ? 俺も同じだよ。俺のファンは少ないしね」

「そ、そうね。分かるわ」


 少ない理由は悪い虫がつかないようにと自分が威嚇・牽制しているからとは言えないユリナは苦笑いするしかない。


「コホン。ねぇ、レオ。欲しい物リストにもっと高いのを載せたら?」


 まるで追及されることを避けようとするが如く、ユリナは不意に話題を変えることにした。

 そこには当然のように罪滅ぼしの意味を含まれていたのだが、当の本人が忘れかけている。


「ねぇ、何か、あるでしょ?」

「え? あ、うん……そうだね」


 押し倒してきそうな勢いに加え、熱を帯びた瞳で上目遣いに見つめてくる妻の剣幕に麗央は気圧されていた。

 彼はこういう場合に正しく空気を読み、妻が喜ぶ言葉を紡げるような器用さを持ち合わせていない。


 ただ、ひたむきで真っ直ぐなだけなのだ。

 ユリナはそんな麗央だからこそ、好きで愛おしくて堪らない。


「考えておくよ」

「そう」


 それまで生きているようにぴょこぴょこと動いていたユリナの特徴的なツインテールが、しょげたように力を失っていた。

 麗央は自分の答えにどこか落胆した素振りを見せるユリナの様子に何か、悪いことをしたのだと直感的に悟った。




 後日、雷邸に『ジャングル』からの大きな届け物が

 届け物を宅配業者が持ってきたのであれば、このような表現がされることはない。

 文字通り、という表現しか、見当たらない。


 そもそも雷邸に普通の宅配業者は辿り着けない。

 砂漠で見える幻のオアシスのように見えているのに辿り着くことが出来ない。

 蜃気楼とでも呼ぶべき不思議な屋敷なのだ。


 その為、雷家の二人は届け先の住所をとある知人に頼んでいた。

 知人は二人にとって、だった。

 正確には麗央の義理の妹なので血縁上の関係は全く、ない。


 その妹――光宗飛鳥みつむね アスカがさも面倒と言わんばかりに片手で持ってきたのである。

 ショートパンツにだぶだぶのシャツといういささか大胆な出で立ちで二の腕と太腿が露わになっていた。

 少し、日に焼けてはいるものの白く、瑞々しい肌から健康的なイメージを受ける小柄な金髪の少女だった。

 驚くべきことに天蓋付きのキングサイズベッドを片手で軽々と担いでいるのだ。


「こんな大きな物、注文しないでよ。ったく、もう」


 「え? いや、俺は注文してないんだが」と納得がいかない顔をしている麗央を他所にプンプンという擬音と湯気が頭から出そうな勢いで屋敷に入ってきたアスカは、勝手知ったる我が家と言わんばかりの勢いで寝室にベッドを設置していく。

 ぶつくさと文句を言いながら、作業をしていた割にしっかりと終わらせないと気持ちが悪くなる性分らしい。

 業者さながらの完璧な仕事ぶりだった。


 「本当に来たのか」と訝しむ麗央とは対照的にユリナはどこか、嬉しそうである。


(レオったら、ちゃんと考えてくれたのね。だから、大好き)


 あの場ではユリナに気圧されるがままに生返事をした麗央だったが、考えに考え抜いた末、欲しい物をユリナが喜んでくれる物にしたのだ。

 不機嫌だった姿が嘘のような妻の様子に麗央もほっと胸を撫で下ろす。


 しかし、ベッドがとんでもない金額の代物であることを麗央は知らない。

 両手両足の指よりも遥かに高かったロボット工作キットなど、足元にも及ばない代物であることを彼は知らない……。

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