第15話 滅びの前奏曲④五大都市ライブスタート

 そして、シュウマツはやって来た。

 夜の帳が下りて、間もない空には真円を描く、大きな月も顔を覗かせ、星々も薄っすらと光を放ち始めていた。


 五大都市の各ライブ会場には、時間前だというのにたくさんの人々が集まっている。

 年齢や性別もバラバラの人々がただ、一つの思いを胸に集っていた。

 彼らの表情はとても晴れやかで希望に満ち溢れたものだった。


 歌姫リリーのライブはYoTubeを介して、配信される。

 ライブ会場にわざわざ足を運ばなくてもライブを見ることが出来るのだ。


 それでも多くの人が集まっているのはこれまで素顔を明かすことなく、一切が謎のベールに包まれていた歌姫が自ら、そのベールを脱ぐと宣言していたことも少なからず、影響している。

 ライブ会場では最新のAR技術を駆使して、原寸大のリリーの3Dモデルがその場に居るように再現されると発表されていた。

 これに世間がざわめかない道理もない。


 以前から、歌姫の正体についてはSNSでも盛り上がりを見せていた。

 から見ても天然のプラチナブロンドであるのは間違いないと太鼓判が押されていたことから、長く美しい白金色の髪が本物であることは疑いようのない事実として、認識されていた。

 しかし、常に背を向けており、決して顔を見せないことが議論の的になっていたからだ。


 ある者は絶対に美少女に違いないと声高に叫び、ある者は振り返れない程に不細工なだけだと大きな声を上げる。

 侃侃諤諤とした議論がSNS上でさながら合戦のように繰り広げられた。

 しかし、連日のようにどんなに議論を尽くそうとも答えの出ようはずがない。


 その答えがついに出る日がやって来たのだ。

 特設ステージに備え付けられた巨大なスクリーンには『LILY』という文字が浮かび上がっては消える。


 その時、会場の照明が突如、意図的に落とされた。

 それまでざわついていた会場が静まった瞬間、暗転した会場に光が灯り、彼女が姿を現した。


「みんな~! やっと会えたね。リリーだよ♪」


 ついに素顔を晒した歌姫に会場のボルテージは否応なく、上がっていく。

 ウェディングドレスを思わせる純白のステージ衣装は、ツーピースタイプでウエスト部分を細く絞り、レースやリボンをあしらった主に可愛らしさを前面に押し出したデザインになっていた。

 ダンスのステップが織り込まれた彼女の曲調を考えるととても動きやすいとは思えないほどに袖の裾もスカートの裾も長い。

 それでも僅かに見える肌と顔は雪を欺くようで桜色の唇からは、鈴を転がすような声が紡がれていく。


 会場の雰囲気は最高に仕上がっていった。

 悲鳴とも絶叫ともつかない興奮冷めやらない空気は、例えその場にいなくても十分に感じられるほどに燃え上がっていたからだ。


「もう怖くない♪ さあ歩き始めよう♪ 新しい世界は待っている♪」


 そして、歌姫のライブが幕を開けた。




 歌姫の時のユリナは一味違うと麗央は首を捻った。

 あんな一面もあるのかと知って、鼓動が早くなる自分に驚いてもいた。

 しかし、麗央は知らなかった。

 彼の前で見せているユリナの姿こそ、本来の彼女らしさだということを……。


 ポップで希望を感じさせる曲調だった一曲目を唄い終えたユリナが、今度は打って変わって、切々と感情を訴えるバラードを唄い始める。

 それを見て、思わず口許を緩めた麗央だったが、ちらほらと感じ始めた不快な気配に眉を僅かにしかめた。


「招かれざる客が来たか。絶対に守るから……」


 闇色の外套マントを見に纏った麗央は、その手に朱塗りの鞘があしらわれた刀を手にした。

 ざっと見積もっても刃渡りが、一メートルはゆうにあろうかというと長刀だ。

 それはかつて雷を斬ったという逸話で知られた失われし刀雷切である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る