第13話 滅びの前奏曲②不肖の兄

 夢の世界に麗央を連れて行き、二人きりで楽しく過ごす。

 それはユリナの妄想で終わった。

 彼女は重要なことを忘れていたのである。


 麗央に対して、ユリナの呪力が秘められた唄は効力を発揮しない。

 だから、無防備な自分を守ることが出来るのだという大事なことを忘れていたユリナは天国から地獄に突き落とされた気分になり、途端にテンションが下がった。


 それまで機嫌の良かった妻が、これまた突然に不機嫌になってもレオはさして、気にする素振りを見せない。

 彼にとって、機嫌が良くても悪くてもユリナである。

 そのことに変わりはないのだ。


「でも、これでわ」

「予定よりも早くなったけど、大丈夫かな?」

「大丈夫よ。私が失敗したことある?」

「ないよ。うん、ない」

「そ、そうよね」


 『ある』と答えれば、ユリナの性格からして「それは失敗したんじゃないわ」から始まり、自分がやり込められる姿を容易に想像出来る麗央は『ない』と答えるしか選択肢はない。

 ユリナは誘い受けのつもりだったのか、予想していた答えと違ったのでどこか、がっかりした顔になったが……。


「だけど、を呼んでも本当に平気かい?」


 自分のことを心配していると隠そうともしない麗央の真っ直ぐな気持ちがユリナの心を温かくする。

 だが、その一方、件の人物のことを考えると気が重くなってくるのも事実だった。


 遥か離れた地で暮らすその人物は自分がいなくても元気に暮らせているのだろうか。

 ユリナはふと思いを馳せるのだった。




 「へっくしょい、なのである」と妙なくしゃみ。

 一人の男が、大きな岩の上で空に顔を覗かせた月を見上げている。

 月の光はここ数日、さらに強さを増していた。


 月の光で微かに煌くのは銀糸を思わせるアイスシルバーの髪だ。

 折りからの風で靡き、端正な顔立ちを飾る。

 琥珀とも黄金とも取れる金色の輝きを見せる瞳は切れ長の目に収まっており、鼻筋も通っている。

 その容貌はどこか、ユリナに似ているところがあった。


「兄貴。風邪ですかい? 馬鹿は風邪引かないって、言いますぜ……」

「それは失礼なのである。吾輩は馬でも鹿でもないのである」

「兄貴。それ、本気ですかい?」


 岩の下で控えるように座っていた大きな狼が、やれやれと言った表情をする。

 狼なので表情は非常に分かりにくい。

 だが、明らかにやれやれと疲れ果てていると分かる表情だった。


「吾輩は常に本気であるよ?」


 狼には「ああ。そうですかい」ともはや、返事をする気力すらないようだ。

 月はただ優しく、彼らを照らすだけで何も言わない。

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