第12話 滅びの前奏曲①諸刃の剣
四百年の時を生きた怪異『菊』の悩みを解決したユリナと麗央だったが、二人が歩みを進める道には高き壁の如き障害が立ちはだかろうとしている。
チャンネル登録者数は着実に増えていた。
顔見せをしない
ダリアという
しかし、ユリナには本格的に世界進出を目指すにあたって、どうしてもやらねばならないことがある。
それは彼女自身の問題だった。
歌姫リリーとして『歌』を唄い、『新しい世界』へと『彷徨える魂』を『導く』。
そして、平和で誰もが安らかな心で生きられる世界を『創る』。
それが彼女の願いでもあり、麗央の願いである。
ユリナの歌には諸刃の剣と言うべき、特性がある。
圧倒的な歌唱力で人々の心に癒しと安らぎを与えるにはそれ相応の代償を支払わなければならないのだ。
彼女にとってはその代償さえ、取るに足らない些事であり、逆に活用する方法を見出してしまったのだが……。
「絶対に仕掛けてくると思うわ」
「だろうね」
二人の食卓は笑顔が絶えることはなく、じゃれ合うように会話が弾む。
それが日常だった。
ところがその日はどこか、重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
それというのも食事の前に行ったライブのリハーサルで練習した曲で、ユリナが
彼女の歌には人を夢の世界へと誘う力が秘められている。
それは自分自身も例外ではなく、
この夢の世界はユリナが支配する固有結界に近い代物だ。
彼女の望む彼女にとって、都合のいい世界がそこに存在している。
常日頃、ユリナが「私は最強だから」と言ってはばからない理由の一つでもあった。
だが、欠点もある。
歌を唄ったユリナは無防備な状態を晒しているからだ。
そして、週末には日本メジャーデビューと銘打ったリリーのライブが開催される。
日本五大都市にライブ会場を設けた大規模なイベントである。
これはユリナと麗央にとって、絶好のチャンスでもあった。
だからこそ、これまでに披露したことがない歌を練習しなければならなかったのだが、そこで判明したのが想定していたよりも肉体へのダメージが大きかったという事実だ。
夢の世界の住人となってもユリナには無意識で肉体を動かす余裕があったそれまでの歌と異なり、全精力を傾け、集中しなければならない。
そうなるとより無防備な状態を晒す羽目になることが分かった。
「でも、レオが守ってくれるんでしょ。何も心配していないわ」
そう言うとユリナは麗央の骨ばった拳に人差し指を這わせながら、上気したように桜色に染まった顔で見つめる。
普段、「負け惜しみぃ~」と言いながら、挑発的なポーズを取っては揶揄ってくる人物と同じとは思えない豹変ぶりだった。
「絶対に守るさ。俺を信じて」
麗央はいくばくかの戸惑いを感じながらも素直に態度や言葉で表せないのは同じなのだと知って、より彼女を愛おしく思った。
いつもユリナが言うように言葉にして、誓うと恥ずかしくもあったがどこか、誇らしくも感じていた。
(私のレオが『信じて』って、言ってくれたわ。かわいい。かっこいい。どうしよう。このまま、二人きりの世界になってしまえば、いいのに……。そうだわ。夢の世界なら……ふふふっ)
麗央は知らない。
自分の手を握り、熱の篭った視線を送ってくるどう見ても瞳にハートマークが浮かんでいる愛妻がそんな物騒なことを考えているとは……。
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