第一章 新たな日常
第1話
二匹の猫が、マンションの植え込みの前で対峙していた。真っ白い猫と、白地に茶色のブチのある猫だった。野良猫なのだろうが、僕が近づいても逃げる様子がないので、かなり人馴れしていると思う。
「最近調子はどうですかにゃー」
「なかなか好調だぜー」
白いのが欠伸するように口を大きく開けると、茶ブチが前足で顔を洗う。
「昨日なんか肉屋で鶏むねもらったぜ?」
「豪華ですにゃー」
白いのが大きく口を開けた。
「僕なんか昨日はサンマの頭だけにゃ。今日こそはごちそうにありつきたいにゃー」
「角の肉屋は夜の八時頃、閉店間際が狙い目だぜ」
茶ブチが後足で体を掻きながら、同じく欠伸するように口を開けた。
「何を現実逃避してるんだお前は」
僕の後ろから、少女の声がかけられた。
二匹の猫に癒しを求めていた僕は、振り返ってTシャツにジーパンという格好の、さらさらの長い黒髪の少女を見上げた。
フィオナ・フェルグランド。
切れ長の目で僕を見下ろす彼女は、訳あって、現在僕と共に暮らしている。
多くの人が、僕の境遇を羨ましがることだろう。なにせ、こんなかわいい子と一つ屋根の下で暮らしているのだから。
しかし、現実は違う。
僕と彼女の関係は恋人ではないし、友人と呼ぶには些か違和感がある。同僚とのルームシェアという表現が一番客観的で的確な表現だと言えるが、買い物は基本僕がするし、ご飯は毎回僕が作るし、後片付けも全部僕だ。洗濯も掃除も僕がするし、ゴミ出しも全部僕。ついでに言えば、テレビのチャンネルの優先権は彼女にあり、趣味のはずのDVD(再生機器・ソフト共に絶版の超骨董品)鑑賞も、最近は彼女のせいでモンスター系かスプラッタ系ばかりだ。そういったジャンルはコレクションの中の五割に相当するのだから、僕も彼女に文句ばかりは言えないのだが。
一瞬『奴隷』という言葉が頭を掠めたが、僕とフィオナとの関係は主従関係ではなく、隷属などという言葉は断固として違う。
養っている?ただ世話をしている?
そういった表現もどこかしっくりこない。というか、しっくりきてほしくない。
何と表現すればいいか……、あまり適切な言葉が見つからない。
まあ、とりあえずそんなことはどうでもいいだろう。他人が思うほど羨ましい暮らしではないが、フィオナとの生活にも慣れつつあるし、当初ほど気疲れすることもなくなった。
「さっさと行くぞ」
フィオナが僕に背を向けて歩き出す。流れるように背中を隠していた黒髪が流れ、さらりと宙を舞う。何でもない仕草が様になるな、なんて思わず感心してしまうが、
「あ、待ってよっ」
このままでは置いていかれそうなので、僕は慌てて彼女の横まで駆けた。
いつも通りの出勤だ。出勤といっても、向かうのはオフィスビルではなく、元米軍横須賀基地跡を利用したMUF横須賀基地だ。自宅マンションのエントランスを出て三分ほど歩いたところにあるバス停まで行くのが普段の僕たちの通勤経路だ。バス会社の経費節減のためか、一〇分に一本から一五分に一本に減ったバスを乗り過ごさないよう、余裕を持って家を出るのだ。
普段はだいたいなんでもない日常会話を交わし、たまに映画の話が出てくるのが、フィオナとの朝の会話だ。僕が話を振り、フィオナがあまり表情を変えずに淡々と話すことが多いけれど、僕としてはずっと無言でいることが耐えられないので、たとえ映画でグロい話になったとしても、ずっと我慢している。作品としては好きなんだけど、そういうところばかり抜粋されると気が滅入るんだよね、実は。僕の初出撃の記憶もあるし。
そして、通勤・通学客が
(フィオナ、お給料入ったら、ちゃんと家にお金入れてくれるかな…?)
そんな、駄目なヒモ男を養う女性会社員みたいなことを自ずと考えてしまう、生活臭漂う一八歳の僕、
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