第10話

 第七格納庫と第八格納庫は、元々人型兵器のための格納庫ハンガーであるため、他の格納庫と比較してやや背が高い。この基地には第二世代型の人型兵器が三機配備されているが、固定パイロットはもういない。有用性が低いのだから仕方がないし、誰も『巨大低速装甲車』と罵られる機体に乗りたいなどとも思わない。今はただ、整備員によって最低限の定期メンテナンスを受ける、もはや穀潰し状態である。

 僕はそんな遺物があるはずの第八格納庫に背を向け、芦原大尉と共に第七格納庫へ入っていった。

 入った瞬間、熱気に襲われた。空調はあることにはあるが、それでも肉体的にも精神的にも熱気が漂い、言い換えれば緊張感と忙しなく動く技術士たちとその怒号の行き交いが、室内の空気を熱しているように感じられた。

 中は数十メートル四方とかなり広いものの、今は資材が大量に詰め込まれているので、元の広さよりも大分スペースを圧迫していた。棒状に成形されたチタン合金、樹脂で固めた炭素繊維材料カーボンファイバー、シルバーの、金属かどうかもわからない板状のものなど、用途のわかるものから物質すらわからないものまで、とにかく床面積の三分の一以上は資材に割かれていた。作業用重機はその辺りを行ったり来たりしているし、天井のクレーンは装甲板を運び続けている。

 その先に、巨大な物体が寝そべっていた。

 たくさんの作業員に囲まれる、鉄灰色のメンテナンスベッド、その枠から鋼の巨躯が見え、視線を移動させれば頭部まで確認できた。

「おう、お二人さん」

 僕と芦原大尉の姿を確認し、一人の技師が手を振った。黄色い作業服を着た、六〇近い初老の男性である。

「お疲れ様です、郷田さん」

「よう、てっさん」

 僕と芦原大尉がそれぞれ挨拶すると、皺で彫りの深くなった郷田鉄宏ごうだてつひろ技術大尉は機嫌良さそうに笑い、僕らに近づいてきた。身長は僕よりもかなり低い一六〇センチ程度だが、捲った袖から見える毛深い腕は丸太のように太く、顎髭が貫禄を見せている。この人は階級で呼ばれるのが好きではないらしく、僕のように郷田さん、とか、親しい人には名前からてっさん、なんてあだ名で呼ばれたりする。その道では有名人らしく、生粋の職人肌の御仁である。

「よく来たな、ボウズ、芦原」

 かなり忙しそうな現場だが、郷田さんは快く迎えてくれた。ちなみに、僕とはよく時代劇の話で盛り上がることもあるため、いろいろな意味で「ボウズ」なんて呼ばれている。

「すいません、お忙しいでしょうに」

 僕は申し訳なさそうに言うが、

「いいってことよ。自分の乗る機体くらい、自分で確かめたいだろうしな。シミュレーションするにしたって、実機を見ておくにこしたこたぁない」

 バンバンと僕の背中を叩き、そう言ってくれた。それについては有り難いのだが、背中が痛い。かなり力が強いので、肺から空気が絞り出されそうになるし、ヒリヒリする。

「んなことはいいからさ、早速見せてくれよ」

 芦原大尉はウキウキした様子を隠さずに、郷田さんを急かす。僕から見ても、かなり子供みたいだなと思った。郷田さんはついてきな、と先を歩いた。

 メンテナンスベッドは縦一四メートル、横七メートルあり、高さも三メートルはあった。その中に全高一〇メートルほどある機械の巨人が仰向けになっている。すぐ隣にも同じベッドがあり、そこにも同じように巨体が横になっていた。

 僕たちはそのうちの入り口に近い方の機体のメンテナンスベッドに昇った。ベッドには急ながらも階段が取り付けられていて、機体の腰辺りの上方に通路が通っていた。そこを歩き、僕たち三人が通路の中央で立ち止まり、並んだ。

 見下ろすと、金属の巨体の全容を見ることができた。

 基本的には灰色かシルバーか、光の当たり方でよく判別できないが、白系とグレー系の二色と、肩装甲や脚部装甲にあるスリットの紺青の三色のみという、地味な色合いだった。別にカラフルなものを期待していたわけではないが、これに派手な着色をすれば、まるで子供向けのロボットのおもちゃだな、と思ってしまう部分もある。兵器である以上地味な色であることは望ましいので、別に文句があるわけでもないが。

「こいつがAHW―X1SC〈アルフェラッツ〉だ」

 郷田さんは自慢げに機体の名を告げた。

 すらりとスリムなフォルムは地球の第二世代後期型というよりはハルクキャスターに近い。目のような二つの光学センサに、顎から側頭部にかけて伸びるヘッドギアのようなアンテナ(だと思う)パーツ、光学センサの上の装甲が前方に飛び出しているので、オフロードバイクのヘルメットのようにも見える。胸部がやや迫り出し、左右の胸にはスラスターとも吸気口とも取れる横長のスリットが見える。肩装甲にはウェポンラックかオプションによる拡張用かはわからないが、固定用スリットが見える。肘部は鋭角的で、腕には手首から肘にかけて武装ラックのようなものも見える。腰部には全方位にやや鋭角なスカートがあり、膝は肘と同じく鋭角的で、脚部にも肩と同じくパーツ増設用のスリットが見えた。

 しかし、司令室での会話から、この機体は『ハルクレイダー』というよりも『ハルクキャスター』と呼ぶべき物なんだよな、ということを思い出した。どこをどう変えたかはわからないが、連合の人間が見れば「あ、あの機体は…」と思う人間もいるのだろうか。

 そう思うと、余計に乗り気がしなくなった。

 次に、もう一機の新型を見るべく、隣のメンテナンスベッド、そのキャットウォークへと昇った。

 さっきと同じように機体を見下ろすと、「あれ?」と思わず洩らしてしまう。それは僕だけでなく、この機体を扱うことになるはずの芦原大尉も同じ反応を見せた。

 AHW―X1〈ペルセウス〉。こちらは二年前に得た敵機の実機データを元に造られた機体であり、連合の機体を参考にしているとはいっても、れっきとした地球製兵器である。

 はずなのだが、その意匠、構造が、隣で横になっている〈アルフェラッツ〉とほとんど同じであった。違いといえば、スリットの色が紺ではなく、濃緑であることと、額部分に角のようなアンテナパーツが追加されているくらいのもので、装甲形状もよく見ると詳細が違う部分もあるが、ほぼ同じパーツが使われている。

 同型機のように見えた。

 一応型式番号だと〈アルフェラッツ〉は〈ペルセウス〉のカスタム機みたいになっているが、これはそれを呈しすぎだと思う。

 この二機は開発開始時期が明らかに異なっている。なのに、なぜここまで酷似しているのだろうか。

 その解答は、郷田さんが語ってくれた。

「〈アルフェラッツ〉の装甲は〈ペルセウス〉のヤツだ。一部成形してあるが、使ってるパーツは同じだ」

 だとしたら、かなり大忙しだったに違いない。三日前に回収した、新型かもしれない敵機。それを調査し、破損箇所を修理し、そこから外装を直すなんて、たった三日で、いや、実際は二日程度で終わらせるとは。ここにいる人たちは、みんなずっと詰めているんじゃないだろうか。見回せば、目に隈作っている人もいる。きっと郷田さんもほとんど休んでいないんだろう。元気に見えるが、それを見せまいとしているのかもしれない。

「おい高遠ぉ!流助剤入れる前に減圧確認しとけって言っただろうが!」

 その郷田さんが、後ろを向いていきなり怒鳴った。僕はビクリと跳び上がり、激昂する郷田さんを見た。その視線は斜め下方に向いていたのでその視線を追うと、皆と同じ黄色い作業服を着た、薄い水色の帽子を被る技士が同じように肩を震わせていた。手にはポリタンクのようなものを持っていて、〈ペルセウス〉の脚部と腰部の間で郷田さんを見上げている。

 まだ少女と呼べる見た目の技士だった。帽子の端から黒い髪を覗かせ、パッチリとした大きな目と白い肌は、とても軍で機体の整備をしているような印象は抱けない。

 しかし、彼女はれっきとした軍人であり、この横須賀基地の少尉、高遠菜奈たかとうななである。まだ二三歳の、僕とは士官学校アカデミーの同期でもある。その名前から予想できるかもしれないが、司令の高遠慎哉准将とは歳の離れた兄妹らしい。いつも明るい笑顔を振りまく、整備グループのアイドル的存在だとか。

 そんな明るい彼女だが、今はその特徴的な眼に涙を浮かべて何度も頭を下げている。ごめんなさい、すいません、と何度も謝りながら。

「噴き出したらどうするつもりだ!俺たちはパイロットの命預かってんだぞ!」

 僕は郷田さんに「そのくらいで…」と言おうとして、止まった。

「自分だけじゃなくて他のヤツも危険に晒すってこと、肝に銘じとけ!」

 郷田さんの言うことも、充分に理解できたからだ。

 これは互いの領分の問題だろう。僕たちパイロットは飛んでからが仕事。郷田さんや高遠さんは飛び立つ前と後が仕事。どちらも欠けてはならない存在であり、互いが支え合っている関係。それを理解し、誇りを持っているからこそ、郷田さんはあそこまで言うのだろう。

 人は怒鳴られて一人前になるというのをどこかで聞いたことがあるが、高遠さんにとっては今がその時なのかもしれない。これからもそういう場面も訪れるだろうし、それを通して人としての成長を遂げていくのだろう。一八歳の僕が言うのはかなり生意気でだろうけど。

 それから、高遠さんは注意されたことに気をつけながら、作業に戻っていった。

「芦原、ボウズも、悪かったな」

 郷田さんが僕たちに頭を下げた。

「ま、誰にでもミスはあるだろ」

「あ、いえ…」

 芦原大尉はにこやかに、僕は戸惑いながら答えた。なんだか落ち着いて受け答えしている大尉が羨ましいというか、大人だなぁ、と感心した。

「いや、部下のミスは俺のミスだ。この二機はしっかりと仕上げる。中途半端には絶対にさせねぇ」

 郷田さんは、僕が思っている以上に、仕事にプライドを持っているようだった。

「って、まだ完成してないんですか?」

 感心した後に、僕は郷田さんの言葉に驚いた。てっきり完成していると思っていたし、現物も、細かい調整さえすればすぐにでも動き出しそうに見えるのに。

「ああ、こっちも急いでるんだけどな、まだOSとFCSのチェックとか、VIMFの応答調整、それに〈アルフェラッツ〉のブラックボックスの影響も考慮しなきゃならないし」

「ブラックボックス?」

 僕はまたも不安に駆られた。とても航空機のレコーダーの類とは思えない口調だったし。

「ああ、連合の新型機かもしれねぇってのは聞いてるか?」

「はい、司令から聞いてます」

「その機体の調査を進めてたら、なんか用途のわからねぇ部分があってな。なんか大容量のコンデンサみたいになってるからそれをそのまま使ってるんだが、わからないと、やっぱりやばいだろ?」

 それについては僕も同意したい。っていうか、ブラックボックスなんか取っ払って欲しい。乗ってる方は怖くて仕方ない。

 しかし、それを外さずに使う予定なのは、多分『ハルクキャスターに勝つ』という目的のためだろう。『どう影響するかわからない』からこそ、『取り外した結果弱くなったら困る』からブラックボックスでも使う。わからなくはないが、当事者としては御免被りたい。

「安心しろ、ボウズ」

 その不安を読み取って、郷田さんは僕の背中をバンバン叩いた。

「通常起動させた分には問題は見つかってない。俺の予想じゃ、多分魔法関係だと思うんだがな。パイロットがどうこうなるなんてこたぁねえよ」

 安心させたかったんだろうが、「多分問題ないと思う」と言われただけなので、とてもじゃないが安心できない。さっきの郷田さんの矜持の言葉がなければ、きっとツッコミを入れていたに違いない。

 そんなことをいつまでも追求して邪魔してはいけないと思い、僕と大尉はこの格納庫から退散することにいした。

 郷田さんの話によると、本体自体は明日か明後日でどうにかするつもりだという。これ以上無理をしている姿を見たくないという思いもあり、「ちゃんと休憩取ってくださいね」と言ったが、「気持ちだけ受け取っておくよ」と返された。つまり、チーム一同まだまだ頑張ります、ということだろう。有事の際にはパイロットは大忙しだが、そうでない時まで忙しいとは、開発やら整備やらの仕事は大変だな、とつくづく思う僕だった。

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