第5話
これが多国籍統合軍『MUF』所属の僕と、イグドラシル連合の兵士であるフィオナとの出逢いだった。
僕は「ああ、こんなこともあったっけ」などと呟きながら、フォークにカルボナーラを巻きつけた。あれからも、僕は罵倒されたし、せめて家の仕事を分担しようと言ったときも、紆余曲折あり、結局全部僕がやる羽目になった。炊事洗濯掃除、全部僕。仕事をして給料貰うのも僕で、大黒柱兼主夫、相模龍斗少尉一八歳なのでした。
洗濯の時なんか、やっぱり女の子の下着を手に取るわけで、その薄い布を手にしたときは、思わず緊張し固まってしまった。そんな時、後ろから「嗅ぐならこっそりしろよ?」とか言われた。
お風呂から出たら、湯上がりの髪を乾かしながらテレビを見ていたフィオナに「女のエキスは楽しんだか?」とか言われた。
フィオナを寝室のベッドに、僕はリビングのソファーに寝ると言ったら、「ベッドに入ってもいいぞ?」と言われ、そういうわけにはいかないと言うと、「だったら隣に寝ればいい」とベッドの横、ちょうど布団が敷けるほどのスペースを指差した。それでも「年頃の女の子と同じ部屋で寝起きするわけにはいかない」と言ってリビングで寝ようとしたら、「ティッシュは足りるか?」と唇の端を吊り上げながら言われた。パッと聞いて意味不明だが、なんかまた遠回しに罵倒された気がするのは、僕が無闇にそっち方面に考えすぎなだけだろうか。
生活の変化は大きいのか小さいのか。昨日も今日も、MUFでの任務は哨戒兼訓練のためのフライトを上官と二人で行い、その他に訓練規定のシミュレータやらレポートやら基礎トレーニングやらで、いつも通りの日々を送ることとなった。
変化は家にいる間だけだ。一人分多くに食事を作り、一人分多く洗濯して、一人分多く買い物をする。結構簡単なようだが、フィオナとの生活は体力的には問題ないが、精神的にかなり疲れる。いろいろ汚く罵ってくるが、一応黙ってれば誰もが振り返る美少女であり、都会を歩けばまず間違いなく芸能事務所にスカウトされ、全国にその姿が映し出されることだろう。そんな少女と共に過ごすだけでも気疲れするのに、彼女からもたらされるのは癒しではなく罵倒である。生まれて初めてマゾだったらよかったのに、と思ったほどだ。そうすれば、少しは至福の時として家で過ごせただろうに。
「溜息ばかりだな」
そんな気疲れしている僕に、皿を空にしたフィオナがテレビに視線を固定しながら、声だけ向けてきた。
「何か心配事か?」
うん、君との生活が主な原因だ。
フィオナは僕が帰ってきてから、いや、多分ずっとテレビを見ていた。朝、僕が物音に気づいて起きると、Tシャツとジーパン(結局服を買っても基本このスタイル)でテレビを見ていた。僕が出勤する時も、振り向きもせずにテレビを見て、帰ってきても出迎えもなし。ずっとテレビを見ていた。他人の目に付くわけにもいかないので、部屋からは出るなと言ってある。フィオナも自分の置かれている状況が決して楽観できるものではないとわかっているので従っているようだが、それは同時に外界との拒絶と同じ事である。テレビだけが、時間を潰していられる唯一の娯楽なのだろう。今度僕の秘蔵コレクションでも見せて上げようと思う。先に言っておくが、エッチなものじゃないから。二〇世紀半ばから二一世紀半ばまでの映画、いわゆるレトロ映画であり、全部で二〇〇本近くある。しかも驚くなかれ、全部DVDだ。前時代の遺産である。しかも、ちゃんとプレイヤもある。ちょっと前まではブルーレイってのがあったらしいが、今はクラウドストレージ上でのデータ保持が当たり前だ。物理媒体そのものが珍しい。
「ねぇ、僕の持ってる映画、見る?」
「んー?」
なんか生返事だったので、僕はリビングの壁の収納を開き、そこからプラスチックの、抱えるほどの大きさの箱を取り出した。そんな僕の様子が気になったのか、フィオナが久々にテレビから目を離し、僕に向けた。
「なんだ、それは?」
僕は箱の中から適当に一枚引き抜いた。一〇〇年以上前映画で、簡単に言うと船が沈没する中でのラブロマンスだ。そのパッケージを開け、中身を取り出して見せた。
「かなり昔の映画だよ」
僕はいろいろと説明するが、そもそもフィオナはDVDというもの自体が見慣れないものらしい。イグドラシルは地球と同等かそれ以上の科学力を持っているみたいなので、余計にわからないのだろう。一〇〇年前の若者にベータを見せるようなものだ。それを知ってる僕もかなりヤバいとは思うが、それはこの際触れないでほしい。
とりあえず一通りの操作を教えると、フィオナは箱の中のDVDを漁り始めた。パッケージを見ては戻し、取り出しては裏の概要を読んでいる。すると、手が止まり、「よし」と頷いた。ケースを開けてプレイヤにセット。さて、何に興味を持ったのだろうかと思い、再生された画面を見る。
なんだか模型と一目でわかる宇宙船が映っている。僕はその光景を見てピーンと来た。伊達に映画を見続けてきたわけじゃない。しかも、フィオナの脇に置いてある、このディスクのケース、その緑色を見た瞬間、
「エイ○アン……」
僕もかなり好きなのだが、女の子が数あるラブロマンスやドキュメンタリーを差し置いてエ○リアンを選ぶとは思わなかった。っていうか、ディスクまで取り出した『タイ○ニック』を見ずにそっちに手を出すとは。パッケージからも明らかにモンスターパニックだと読み取れるだろうに。まあ、今から沈没船物語を見たら日付が変わってしまうだろうから、いいと言えばいいのだが…。
すでにフィオナは画面に見入っている。ついさっきまで無表情にクイズ番組を見ていたと思ったのに、今はモンスター映画に執心とは。僕は女の子という存在に期待を抱きすぎなんでしょうか。それとも、フィオナだけは例外ですか?
あんまり考えたくなかったので、僕はわかりやすいようにテレビの横にプラスチックの箱を移動させた後、カルボナーラの皿を台所へ持っていき、洗い物を始めた。
すると、
「うるさいぞ、リョウト」
シンクに当たる水の音にクレームつけられた。気持ちはわからなくもないが、せめてほんの数分だけでも我慢いただけないものだろうか。しかし、ここでいろいろ言い合いになっても最終的に僕の心に傷が増えるのはここ数日の共同生活(いや、むしろ寄生生活じゃね?)から学んだことだ。洗い物は寝る前にちゃちゃっと片付けちゃえばいいだけだし、皿を冷やすだけに止めておいた。
それからお風呂掃除をして自動給湯。さてこれで一〇分足らずでお風呂が沸く。
そして一〇分後、給湯完了のコールが入り、
「フィオナ、お風呂用意でき――」
「先に入れ」
どうやら相当邪魔されたくないらしい。
しょうがないので先に風呂に入った。
一五分くらいして僕がリビングに戻り、あー、風呂上がりにエアコンの効いた部屋って気持ちいいなー、と思った瞬間、
「ぷっ、ふふ……」
何やら噴き出した&笑いを堪えている黒髪少女が、
『ご、ぐ、ぶおっあ…!!』
モンスターに腹を食い破られる場面を見ていた。
画面の中の小さなモンスターは強酸で床に穴を開けてどこかへ行ってしまう。
「ふ、ふふ、そんな馬鹿か」
何やらツボに填っているご様子のフィオナさん。
「………………………………………………………………………………………」
何か突っ込むべきなんだろうか?っていうか、そこ笑うところ!?
なんかこの
「あのさ、フィオナ。お風呂――」
「黙れアッシュ」
どうやらかなり作品にのめり込んでいる様子だ。むしろアッシュってアンドロイドじゃん!だいたいそんな映画の登場人物の名前出しても、僕じゃなかったらきっと「?」浮かべて首を傾げてるぞ。
どうも填りすぎている。なんか聞く耳持たずだし。
とりあえず、目の前の問題としては、僕の睡眠だ。フィオナが来てから彼女がベッド、僕がソファーを使用している。しかしながら、今彼女はそのソファーに陣取って映画鑑賞中。まだ九時前だからいいが、もしかしてシリーズを通して見ようなどと思わないだろうか。それが心配だ。
時計の針が一〇時を回った頃、ようやくエンディングクレジットが流れた。その隙に、僕は早々に洗い物を片付けた。結局僕も最後まで見ていたのだが、数年前に一回見たのに時折ビビってしまった。流石はアカデミー賞で視覚効果賞を受賞しただけのことはある。僕がビクッとしているシーンでフィオナが笑いを堪えていたのが気になってしょうがなかったが。
さて、そしてそのフィオナはというと……、
二時間じっとしていたせいで体が凝ったのか、背伸びをしていた。そして、
「さて、次だ」
僕が移動させた箱の中から、『2』を取り出した。
チッ、気づいてたか。こうなると『3』や『4』もすでに発見していた可能性もある。
フィオナはプレイヤからディスクを取り出して、『2』のディスクを入れて鑑賞準備に取りかかった。
「あ、あのさ、フィオナ」
僕は本編が始まって話を聞かなくなる前に、フィオナに聞いておく。
「見る気?」
すると、さも当然だと言わんばかりに、
「無論だ」
すごく偉そうに答えた。
「あのさ、僕は日付変わる前に寝ようと思うんだ。でも、その映画、さっきのより一五分くらい長いから、今から見ると――」
「ならそっちの部屋で寝てればいいだろ」
えー、投げやりな少女の意見により、問題は解決しました。僕は古巣(?)の寝室で寝ることになり、多分フィオナは徹夜です。
僕は寝室に入り、次いで久々のベッドにダイブ。
してから、反射的に跳ね起きてしまった。
今日は結構疲れたので、いつもより一時間以上早いものの、もう寝てしまおうと思った。そのまま眠りに就こうとしたのだが、鼻腔を擽る何かを感じたのだった。
(これって、フィオナの……)
数日前までは自分のベッドだったのだが、その数日間は少女がずっと使っていたものであった。そのせいか、もしくは単に僕が意識しているために幻臭なのかもしれないが、そこには僕以外の、甘いとも違う、何か心地よい香りがベッドを満たしているように感じた。
これがあの少女のものだと思った瞬間、とても気恥ずかしくなってしまった。
それ自体に不快感はない。むしろずっと包まれていたいと思う。
しかし、このベッドで、少女の香りを意識して眠ることがとても罪深いことであると感じてしまう。意識の問題であり、気にする方がおかしいのかどうかもわからない。
結局、僕はベッドの脇に布団を敷いて寝た。
すぐに眠れるかと思ったが、先に感じた嗅覚が、僕を惑わせた。
それに…………、
『このバケモノがぁぁぁぁ!!』ダダダダダダダダダダッ―――――ボォン!
壁一枚隔てたリビングでの音が洩れて、かなり気になった。
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