君が手にする魔法の剣
神在月ユウ
プロローグ
西暦二一一九年、僕たちは大きな戦争をしている。三〇年前から起こった戦争は、未だに終息の気配を見せず、もうあと半世紀は戦い続けるんじゃないかと思わせるほど、戦いは激化していた。
どことどこが戦っていると思う?
アメリカとロシア?北朝鮮?中国?イラク?ヨーロッパ?それとも日本?
全部ハズレ。そもそも、彼らはみんな、一応友軍だし。
僕たちが戦っている相手はイグドラシル連合。
え?誰かって?
『この世界』の隣にある、限りなく近いけれど絶対的に遠い国。この世界とは別次元にある、もう一つの世界。そこが、イグドラシル。魔法の世界である。
彼らとの邂逅は、偶然の産物だった。某国の戦略兵器の実験が行われ、大きなエネルギーが発生した。それと同時に、イグドラシルでも同じように大きなエネルギーを発生させる兵器の試験が行われた。その二つのエネルギーが、全く同じタイミングで発生したために、次元境界線が不安定になって、二つの世界を繋ぐトンネルが開かれたらしい。
開通当初、二つの世界では衝撃と混乱が起こったものの、すぐに互いの世界へと調査隊が送り込まれた。互いに互いが珍しく、互いの世界に興味を持ち、人類は新たな時代の幕開けを予感し、一抹の不安を抱きながらも、期待に胸を躍らせていた。
ところが、それから半年後、事件が起こった。
僕たちの世界の使者が、イグドラシルで殺された。
それを契機に、両世界の関係は一気に悪化した。
使者殺害から一年後、とうとう恐れていた事態が起こった。
開戦である。
僕たちの世界の人口は、およそ一〇〇億人。それに対し、イグドラシルの人口は八億人。互いに住む惑星は、ほぼ同じ直径と地軸の傾きを持つ、恒星を中心に公転する第三惑星であるが、その人口はこれほどの差がある。言うまでもなく、兵力もそれに比例している。
そんな事情から、誰もが地球軍の勝利を疑わなかった。イグドラシル連合は魔法を使うものの、現代の最新兵器を保有する地球が負けることはない、ただでさえ数が違うのだからと、多くの地球人が、自軍の勝利を疑わなかった。
開戦から一年、地球軍は連合を圧しに圧した。圧した、といっても、直接イグドラシルを攻めるわけではない。互いの世界を行き来するには次元孔――ディメンションポケットと呼ばれる、地球とイグドラシルを結ぶトンネルが必要だった。開戦当初は初邂逅より開き続けたポケットからの出入りを行っていたものの、半年後にポケットは閉じてしまい、そのまま互いの行き来が不可能になっていた。これでは戦争になりはしないと誰もが笑い、安堵した。
それから五年後、連合は新たなポケットを自ら開き、全高一〇メートルにも及ぶ巨大人型魔導兵器『ハルクキャスター』を投入してきた。ハルクキャスター、略称HCは、投入から多大な戦果を上げた。強力な魔法を使って対象を駆逐し、高機動による低被弾率、さらに被弾しても表面を覆う防御フィールドにより、歩兵による攻撃はほぼ無効となった。近距離での戦車砲を食らっても一撃で落とすのは難しい、戦車を凌ぐ防御力を持ち合わせていた。
重火力・高機動・重装甲。三拍子揃ったこの巨大魔導師は、戦術兵器とすら呼べる、驚異的な性能をもって戦場という舞台に降臨した。
ハルクキャスターという兵器の登場により、この二〇年以上、地球軍はイグドラシル連合に対し、劣勢に立たされているのである。
士官学校で、僕はこう習った。厳密には僕の考察も混じっているが、多くの人間の認識としては概ね合っているはずだ。
こんな相手に勝てるのだろうか。
多国籍統合軍『MUF』に所属する僕、
僕は一応戦闘機パイロットだけど、飛行時間は訓練を含めて二〇〇時間程度しかない。まだまだひよっこと言われるし、軍人になってまだ四ヶ月も経っていないのだから、言い返せもしない。ただ、空戦技術には自信があるし、これから訓練を繰り返し、実戦を経験すればいずれは群を抜いた腕のパイロットになれるというお墨付きは貰っている。
しかし、その『実戦』という言葉を聞くと、不安が募る。
僕はまだ実戦を経験したことがない。せいぜい模擬戦だけだし、模擬戦で撃墜はされていないものの、それが直接自信になるかと言われれば、答えに窮してしまう。
窓の外を見ると、ビルの夜景が美しく、夜闇に映えている。
横須賀のビル街の一角、二〇階建てのマンションの一八階、その角部屋に、僕は住んでいる。スクランブル待機の時は流石に基地内で寝泊まりだけど、それ以外は自宅にいられる。これも士官ならではの特権だ。頑張った甲斐があった。
僕はフライパンの上を滑るパスタに気をやりながら、この好条件の立地を改めて感謝する。部屋も1LDKの五〇㎡という、一人暮らしには贅沢過ぎる部屋だ。しかも軍の施設が近いせいで、家賃も若干抑えられている。かなり部屋数が多いマンションだが、部屋自体は二割ほど入居者がいないとのこと。まあでも、僕としてはご近所さんは親切な方が多いので、かなり助かってますけど。
「夕飯はまだか」
少女の声が聞こえてくるが、敢えて僕は無視する。
話を続けよう。
ここらへんはかなり平和だが、外国になると、話は別だ。
アメリカ、特に南部は常に警戒態勢に入っているし、三年前にオーストラリアが連合に占拠されてからというもの、周辺諸国はこれでもかと警戒し、時折攻めてくる連合の部隊に惨敗しているのだ。
イグドラシル連合は、ミーミル王国、ウルズ帝国、フヴェルゲルミル連邦の三ヶ国から成っている。技術大国であるミーミル、軍事大国ウルズ、広大な領土と資源を持つフヴェルゲルミルと、それぞれが特徴を持ち、三国で均衡が保たれているとのことだった。
そんなイグドラシルだが、魔法を用いた軍事力はかなりのものだ。魔法の国と言えば、黒ずくめのお婆さんや中世ヨーロッパのような街並み、奇妙な生物を思い浮かべるかもしれないが、そんなことはない。街には高層ビルが建ち並び、その間を縫うようにハイウェイが延び、コンピュータを使った情報化社会だそうだ。そもそも、魔法とは言っても万能な、ゲームに出てくるようなものとは多少異なる。死者は生き返らないし、魔王なんて存在もない。見た目は地球と大差ない世界であり、自然法則を完全に無視した現象を起こすことはできない。その魔法が発動するには科学的根拠が存在し、それに準じて特異な現象が発現する。ただ、科学的に本来ならなるはずのものを、法則に矛盾しない程度に強引に曲げて使用する。わかりにくい概念だが、彼らにとっては『魔法』は『オカルト』ではなく、あくまで『科学技術』のカテゴリーに分類されるものなのである。
ちなみに、この情報は世間一般には知られていない。知っているのは大国の政府高官や軍上層部のほんの一部くらいだ。もちろん、僕はついこの間まで民間人だった、軍という組織の中ではお世辞にも上の人間ではないし、一応父は軍上層部の人間だが、疎遠になっているのでそんな話を耳にすることなどない。僕は日本生まれの日本育ちだし、そもそも日本から出たことすらない。
なら、なぜそんなことを知っているのか?
簡単だ。
「おい、無視するな」
彼女だ。全ては、彼女の口から聞いた。
「はいはい、今できますよ」
僕は溜息をつき、呆れながら皿にパスタを盛りつける。我ながら、チーズとクリームソースが食欲をそそる、ナイスなカルボナーラだ。
その皿を二つ、キッチンから持っていく。
ソファーに
少女は顔だけ向けて皿を見るが、「がっかりだ」と、まるでさっきの僕みたいな表情で溜息をついた。
「今日はシーフードの気分だったのに」
「じゃあ食うなよ」
「お前はわたしを餓死させる気か?」
少女は切れ長の目で僕を睨んだ。肌理細かい色白の肌に、この顔に付けるために特注したんじゃないかって思うくらい整った各パーツ。今着ているTシャツとジーンズというラフな格好すら、ファッションとして捉えてしまいそうになる。
彼女の名前はフィオナ・フェルグランド。
僕の予期せぬ同居人であり、
僕らの敵であるはずの、イグドラシル連合の兵士である。
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