第13話 願い叶えられるん?
「お待ちしておりました」
和服姿の青年が言った。
「え? どうして?」
「ポケットの中で、会話を聞いていましたから」
そうか。
確かに、青い玉は、もちまると一緒にずっとポケットの中に入っていたから、僕の行動は、全部わかっていたのだろう。
「手伝ってほしいことがあるのです」 青年が言った。
「手伝う?」 僕は、思わず聞き返す。
「ほんとは、私がお手伝いするために呼ばれたみたいなんやけど、私じゃ、どうも役に立たれへんくて」 横から、あやちゃんが申し訳なさそうに言った。
「……何のお手伝いをしたらええんかな? 僕で役に立てるんかな」
あやちゃんで無理なものを僕がなんとかできるのか、不安と疑問でいっぱいになって訊ねると、
「ここにいる者たちの、願いを叶えてやってほしいのです」
青年は、至極まじめな顔で言った。
「え? え? 願いを叶える?」 僕は、ちょっと、いや、かなり慌ててしまう。
「そうです」
「いや、そんな、僕、神様でも何でもないし、願いを叶える力なんて……」
「大丈夫。そんな難しいことではないのだ。ただ、我々では、どうしてもできないこともあって……」 姫が言う。
不安そうな僕の顔を見て、姫が付け足す。
「いや、そんな大層なことではない。例えば、誰かの墓に参って、その墓の周りの草を刈る、とか。生前の縁ある大切な場所にいたずらをする子どもにそれをやめさせてほしい、とか。そんなくらいのことなのだ」
「え? そんなこと?」
「そう。そんなこと、だ。でも、今の我々には、それが難しいのだ」
(人の魂を、玉のなかに吸い込んで別世界に連れ去ってしまう力があるのに?)
「この世界に人の魂を引き込むことや幻をみせることくらいはできる。しかし、この世界とおまえたちの世界を自由に行き来して、何かをするほどの力は、もうない。……私の力が、足りないのだ」
姫が、ぽつんと言った。
「私のせいだ」
「姫のせいではありません」
静かだが、しっかりとした口調で、青年が言う。そして、続ける。
「とにかく、大吾さん。あなたの力を貸してほしいのです。あなたなら、おそらく、こちらの世界と、そちらの世界を行き来できるはずです。我々は、それができる方の力を、なんとしてもお借りしたいのです。そして、ここにいる者たちの、ささやかな最後の願いを叶えてやっていただきたいのです」
「つまり、こちらの世界にいる方たちのご用件を聞いて、僕がそれを向こうに戻って実行する、ということですか?」
「そうですそうです。『最後の願い』が叶えば、彼らは、みんなそれぞれ安心して、旅立てるでしょう」
――――――『最後の願い』
そんな言葉を聞いてしまうと、断りの言葉を口にするのは難しい。
簡単な用件のように言っていたけれど、ほんとに僕で解決できることばかりならいいけど。それに、まず、僕が、ちゃんと両方の世界を行き来できるのか。そこもまだ不安が残る。
困惑する僕の方を見て、あやちゃんが話し始める。
「私ね。こちらへ来たものの、戻れなかったの。自分ではどうしても。姫も送り出そうとしてくれたんやけどね。無理やった。このままでは、ずっとここにおるままになってしまうって、焦ったけど、方法がなくて。誰かが、そちらへ戻るときになら、一緒に戻れるかもしれへん、て話が出たけど、何もできなくて。どうしようって困っててん。そしたら、大ちゃんと美月が家に様子見に来てくれて……嬉しかった。しかも、大ちゃんは、この玉にも気づいてくれて。せやから、大ちゃんに応援頼もうって話になってん。きっと大ちゃんなら、なんとかしてくれるかも、って。それで、みんなで相談して、大ちゃんを呼び寄せることになって」
(そうやったんか。それで、玉の様子が変化してたんやな)
「私ね、はじめのうち、この玉に呼ばれてるって気づいたとき、正直、得体が知れなくて、めっちゃ怖かってん。でもな、ここへ来て、みんなの話を聞いてたら、なんとかできへんかな、って思って。力になれたらなって。……そやけど、私、残念なことに、ここから出られへんかってん。せっかく呼ばれたのに、何の役にも立たれへんくて」
あやちゃんは悔しそうだ。自分も帰れなくて、すごく困ってるはずやのに、役に立てないことを本気で悔しがっている。
(そうやった。昔からあやちゃんは、そういう子やった。誰かの役に立てるなら、と一生懸命がんばってしまうところ。……変わってへんな)
苗字で彼女を呼ぶようになって、僕は勝手に、少し距離を感じていたけれど、彼女の中身は変わっていなかった。お人好しで、優しい、温かい子だ。
あやちゃんの一生懸命な目と、青年の穏やかだけど、真っ直ぐな目差しと、そして姫の静かで真剣な表情に、僕は、うなずくしかなかった。
ポケットの中で、もちまるが、ぽてぽてと動いている気配がする。
なんだか、やつもうなずいているように思える。
「僕で、ほんとに役に立てるかわからへんけど、お手伝いさせてもらいます」
「ほんまに?」 「ほんとうですか?」「ほんとか?」
僕の答えに、3人が、嬉しそうな笑顔になる。
「ただ、まだ僕が、こちらとあちらを行き来できるのかどうかが、さだかじゃないので。できんかった場合どうしたらええのかなって」
「大丈夫だ。大吾、おまえ、魂だけじゃなくて、体ごとこちらの世界に来ている。それができるのだから、あやと違って、きっと戻ることも可能だ」
「そうなんかなあ?」
「……たぶん」 姫が言う。
「たぶんって……」 苦笑いする僕に、姫が言う。
「いや、今の私の力では、魂は引き込めても、人を体ごとこちらに連れてくることは難しい。こちらに体ごと来れたのは、半分は、大吾、おまえ自身の力のおかげだ。それだけの力があるおまえなら、大丈夫だ。それに」
姫は、僕のポケットの方を見ながら少し笑った。
「そのポケットの中にいるやつが、おまえに力を貸してくれるだろうしな」
もちまるが、ぽてぽてんと身動きした。
「まかせろ」といってるみたいだ。
「わかった。やれるだけやってみよう。で、その願いって何かな?」
僕が訊ねると、姫が青年に目配せをし、青年が、ポンと手をたたいた。
すると、青年の背後の襖がさっと開いた。
開いた襖の向こうには、広々とした畳敷きの部屋があり、そこには、20人あまりの人々が正座して、皆一斉に、こちらに向かって頭を下げていた。
願いを叶えるといっても、4、5人分くらいかな、と勝手に思ってた僕は、ちょっと驚いてしまった。
(待って待って。 こんなに大勢いてはるん? 僕、ちゃんと願い叶えられるんやろか?)
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