咲さんとぼく
ロッドユール
咲さんとぼく
咲(さき)さんはいつもぼくの隣りにいてくれた。
どこに行くにも咲さんは一緒だった。
咲さんは、いつも笑っていた。
咲さんはいつもやさしかった。
ぼくは咲さんが大好きだった。
ぼくと咲さんは毎日二人で散歩に出かけた。近くの河原をよく歩いた。春には桜が、夏には緑が、秋には紅葉が、冬には雪が、とてもきれいだった。
ぼくと咲さんは暖かくなってくると山に行った。山にはぼくをバカにする人も、いじめる人もいなかった。だからぼくは山が大好きだった。
山にはぼくのお気に入りの場所があって、そして、ぼくたちは並んでそこに座り、二人で野鳥を見た。
色んな野鳥たちがぼくたちの前にやって来た。ヤマガラ、シジュウカラ、キビタキ、ソウシチョウ、ホオジロ、ヒヨドリ、みんな楽しそうに次々近くの枝にとまっては気持ちよく鳴いてゆく。
森の匂いがした。木漏れ日が輝いていた。遠くではウグイスが鳴いている。呼吸の一つ一つが気持ちよかった。ぼくはこの季節が一番好きだった。
今年もつばめが軒下の巣にやって来た。卵がかえり小さな雛たちが顔を出す。ぴーぴー一生懸命首をのばす姿がかわいい。
夏の初め、小さかった雛たちも巣立っていった。空を気持ちよさそうに滑空するつばめたちをぼくと咲さんは眺めた。
ぼくにはお金がなかった。だから、毎日毎日おにぎりを食べた。時々、お肉も食べたかったけれど、我慢した。
咲さんは僕の向かいで、そんないつもおにぎりを食べるぼくを微笑んで見ていた。
夏も終わり、稲刈りが終わると、禿げ田にこぼれ種をついばみに、すずめが集まって来る。すずめたちは一生懸命広い田んぼをあちこち飛び回り、お米を探しついばんでいく。冬に備えて、もう丸くなり始めているすずめもいる。そんな丸々としたすずめがなんともかわいい。僕と咲さんは思わず顔がほころぶ。
冬になるといつも行く川に、たくさんの渡り鳥がやって来た。ぼくたちは、水辺に集まる水鳥たちにパンくずをあげる。パンくずを我先にとパクつく水鳥たちの、そんな食べる姿を二人で見ているのが楽しかった。
冬はストーブもなくて寒かった。そんな時は咲さんが僕に身を寄せてくれる。とても温かかった。
僕は一人だった。いつも一人ぼっちだった。でも、咲さんがいてくれたから、僕は一人じゃなかった。ぼくはそれでよかった。ぼくは幸せだった。
この幸せがずっと続いてほしかった。ぼくはずっと咲さんと一緒にいたかった。ずっとずっと――。
―――
ある日、ぼくの部屋に突然たくさんの人がやって来た。そして、ぼくは両方の腕を掴まれ、むりやりどこかへ連れていかれた。
「・・・」
連れていかれるぼくを、咲さんが部屋の片隅で悲しげに見つめていた・・。
ぼくが連れていかれたその先に、そこにはとても怖い人たちがいて、ぼくはベッドに縛り付けられ、何かを注射された――。
そこから世界がぐにゃぐにゃになった・・。ぼくはぼくが分からなくなった。そして、昨日とか今日の時間がなくなった。
そして、毎日毎日、ぼくは、両方のこめかみに機械を当てられ、何かとても強烈な電気を流し込まれた。それはとてもショックが大きくて、ぼくの体はその度に大きくのけぞった。苦しかった。とても辛かった。
そんなぼくを、部屋の片隅で咲さんが辛そうに見ていた。
「助けて・・」
「助けて・・」
「たすけて咲さん・・」
毎日毎日たくさんの薬を飲まされた。
頭がぼーっとして、何も考えられなくなった。
口から涎が流れた。
一人で歩くことが出来なくなった。
何もする気力がなくなった。
ぼくは一人、独房のような薄暗い部屋の中で、毎日毎日死ぬことばかりを考えていた。
「咲さん・・」
ぼくは一人部屋の片隅にうずくまり泣いた。
「咲さん・・」
咲さんに会いたかった。
堪らなく咲さんに会いたかった。
鉄格子のついた小さな窓の外を見ると、季節が変わり始めていた。また冬が来る。その前の秋の口。咲さんの好きな季節だった。
「・・・」
咲さんと見たとてもきれいな真っ赤な紅葉を思い出した。
―――
気づくと咲さんはいなくなっていた。いつもぼくの隣りにいてくれた咲さんはどこにもいなくなっていた。
医者と名乗る男がぼくに言った。
「あなたは病気だったのです」
「病気・・?」
「そうです。そして、あなたは治ったのです」
「・・・」
ぼくは訳が分からなかった。ぼくはぼくだった。ずっと、ぼくはぼくだった。
「咲さんに会いたいです」
「そんな人はいません。あなたはずっと一人だったのです」
医者は言った。
「ぼくは咲さんに会いたいんです。会わせてください」
ぼくは泣いた。
「あなたは治ったんですよ。あなたは回復したのです」
医者は誇らし気に言った。
「咲さんに会わせてください・・、咲さんに会わせてください・・」
僕は泣いてお願いした。
医者は笑っていた。
ぼくはただ咲さんと一緒にいたかっただけだった・・。それ以外何も望んでなどいなかった・・。
ぼくはただ咲さんとずっと一緒にいたかっただけだった・・。
ただそれだけだった・・。
―――
「・・・」
ぼくは退院し、一人街を歩いていた。
咲さんと散歩をしていた時、僕は一人で歩いていた・・。
咲さんと会話をしていた時、ぼくは一人でしゃべっていた・・。
咲さんと笑っていた時、ぼくは一人で笑っていた・・。
ぼくはずっと一人だった。ずっと、ずっと――。
小鳥たちが鳴いている。
また野鳥の来る季節が来た。
ぼくは空を見上げる。
つばめが飛んでいた。
「・・・」
咲さんとまた野鳥を見にいきたかった。
咲さんに会いたかった・・。
咲さんにまた会いたかった・・。
でも、もう咲希さんはいなかった。
どこにも・・。
ぼくは堪らなく寂しくて、泣いた・・。
咲さんとぼく ロッドユール @rod0yuuru
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