死なせてくれたらよかったのに

夕季 夕

社会不適合者

 物心ついた頃から、私は死に対して恐怖心を抱いていた。生きる意味とはなにか、死んだらなにが残るのか。死んだらまた別の人間に生まれ変わるのだろうか。記憶を引き継がず、以前も別の人間として暮らしていたことを忘れ、それを何年も、何十年も繰り返していくのか。そう考えたら怖かった。

 それから、『銀河鉄道の夜』のように、死後列車に揺られ、サザンクロスへ行くかもしれないことも怖かった。せっかく死んだのに、ここではないどこかで、いつ終わるのかわからない生活を延々と続けるのは、小さい頃の私を絶望させるのには十分だった。


「人は死んだらどこへ行くの?」


 私の質問は、たびたび大人を困らせた。そして、納得のいく答えはなかなか返ってこなかった。また、「縁起でもないことを言うんじゃない」と怒られることも多かったので、年を重ねるうちにそんな質問はしなくなった。


 ここまで私が死を恐れたのは、身近で死を感じたことがなかったからかもしれない。

 きっと、親戚だとか昔のクラスメイトだとか、すでにこの世を去った人はいたのだろう。しかし、私は人の葬式に参加したことがほとんどなかった。そのため、私からすれば非現実的な出来事だったのだ。


 それにも関わらず、私は死を望む瞬間があった。頸動脈を切ったら、何本も線が引かれた腕を湯船に突っ込んだら、何十錠もの薬をウォッカと一緒に飲んだら……そんなことばかり考えるときがあった。

 もっと、死ねる確率の高い方法はあったと思う。例えば、ちがう種類の洗剤を混ぜて、ガスを発生させる自殺方法は有名だろう。とはいえ、あくまで確率が高くなるだけであり、ただつらい思いをするだけで失敗したら最悪だったので、私はその3つしか行動に移すことができなかった。


 私は体から血を流し、薬を吐き出すたびにバイトを休んだ。ほとんどの人は、私のことをかわいそうな目で見た。私はもともと、悩みなんてなさそうな明るい人間だったのだ。だから、そんな人間の変わりように憐れみを感じたのだろう。

 しかし、当たり前だがそれを快く思わない人もいる。私も逆の立場だったら、休んでばかりの使いものにならないアルバイターとは一緒に働きたくない。一緒にいても、自分の仕事が増えるだけだ。なので、陰で「あの子はキチガイだから」と言われても、文句のひとつも言うことができなかった。


 そのうち、通っていた学校も行かなくなった。学費を貯めながら予備校に通い、1年浪人してようやく入れた学校だったのに、やめるときは一瞬だった。

 私はなんのために勉強してきたのだろう。中学時代のクラスメイトのように、一般の大学に入学していたら少しはちがったのだろうか。そんな馬鹿なことを考えたりもしたけれど、どうせ今より人生に絶望するだけだろうと、学校から届いた書類を眺めながらそう思い直した。


 私は、『普通に生きる』というのが難しい、そんな人間だった。

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