【コミカライズ開始!】はらぺこ令嬢、れべるあっぷ食堂はじめました~奉公先を追い出されましたが、うっかり抜いた包丁が聖剣でした!?~
宮之みやこ
第1話 奉公先を追い出されました
お尻をぐわしっと掴まれた瞬間、私は叫びながら五十過ぎの旦那様をビンタしていた。
バチィン! とすごい音がした後、頬に真っ赤な手形をつけた旦那様が怒鳴る。
「せっかく役立たずスキルのお前を雇ってやったのに、ちょっと尻を撫でられたぐらいで主人を叩くとは何事だ! クビだ! 今すぐこの家から出ていけ!」
そうして私は、いともあっけなく奉公先であるボート侯爵家を追い出されたのだった。
◆
数時間後。初夏の夕暮れの中、私は木々がうっそうと生い茂る森の道を、鞄を抱えてとぼとぼと歩いていた。
ああ……やってしまった。せっかく見つけた奉公先だったのに……。
私、ララローズ・コーレインは男爵家の長女だ。
ただし男爵家とは名ばかりで、実際は借金を抱えて、毎日食べるものにも困るほどのド貧乏。だから少しでも家計を助けるため、働きに出ていたのだけれど……。
「来た直後からおかしいとは思っていたけれど……まさか『愛人になれ』って言われるなんて」
ぼやきながら私はため息をついた。
普通、侯爵家当主ともなれば忙しくて姿を見かけるのも稀なはず。
なのに旦那様は、なぜか私の行く先々に現れていた。
しかも、会うと必ず肩を抱かれたり、執拗に手をさすられたり、腰に手を回してきたり……。
ようやく見つけた奉公先だったから、ぞわぞわしながらも毎日必死に我慢していたんだけれど、今朝、耳元でハァハァと『ピンクの髪と瞳がかわゆいのう。おまえ、わしの愛人になれ』と言われてお尻をわし掴みにされた瞬間、頭が真っ白になって気づいたらビンタをしていた。
「うう。ただでさえ《はらぺこ》スキルのせいで敬遠されているのに、主人を叩いたって知られたら、ますます働き先が見つからなくなってしまうかも……!」
私ははぁと、再度ため息をついた。
――この世界では、貴族の血筋は十六歳になると『スキル』と呼ばれる特別な能力を授かる。
スキルは千差万別で、よく聞くのは《火魔法》とか《水魔法》とか、簡単な魔法が使えるもの。すごいものになると《剣聖》とか《賢者》とか、「それってスキルなの……?」と聞きたくなるほどすごいものもあるらしい。
当然すごいものを授かれば、一発逆転や成り上がりだって夢じゃない。
私も、病弱なお義母様に代わって弟や義妹を養うため、なんとか就職に有利なスキルが欲しかったんだけれど……。
十六歳の誕生日、教会で困惑顔の神官に言われたのは《はらぺこ》という聞いたこともないスキルだった。
しかも……。
『ぷっ! 《はらぺこ》って何? さすが貧乏男爵令嬢ね』
『君のスキルじゃ雇えないよ。我が家に卑しいものが出入りしていると笑われてしまう』
と、スキルを理由に、何度もお断りされてきた。
確かに私は、普通の女の子に比べたらその……ちょっとだけたくさんご飯を食べるかもしれない。でもそれは生まれつきだし、奉公先ではちゃんと制御もしている。
だから何も迷惑はかけていないんだけれど……。そもそもこのスキル、一体何の効果があるのか、私もよくわかっていないの。
そこまで考えてから、私はふるふると首を振った。そして自分を励ますように、ぐっとこぶしを握る。
「ううん、落ち込んでる時間はないわ! 早く次の仕事を見つけて、家に仕送りをしなくちゃ! 幸い、読み書きはできるし家事だってできる。貴族がダメなら、王都で職場を見つければいいのよね!」
王都くらい人がいれば、きっと《はらぺこ》スキルを気にしない人だっているはずだ。もしかしたら、夢だった料理を作る仕事にだって就けるかもしれない!
お義母様だって言っていたもの。『あなたが活躍できる場所は、きっとどこかにあるから大丈夫よ』って。
伝手も何もないけれど、何とかなるだろう。多分。
「えっと……、王都ってこっちでいいんだっけ?」
旦那様に『お前に馬車など出してやらん! 退職金もこれで十分だ!』と投げ渡された地図とにらめっこしながら、私は森の奥に向かって歩いていく。
それから、ふと道端に咲く野草に気付いてあっと声を上げた。
「わっ! こんなところに万能ハーブのタイムが咲いている! あっ、あっちにはローズマリーも!? ……この森、よく見ると色んな香草に、まさかのキノコまで生えているわ! せっかくだから持って行こうっと」
私は上機嫌で、道端に咲く香草やキノコを摘んでいった。
まさかこんなところで出会えるとは思わなかったけれど、どれも家計に優しい食材で我が家の定番だから、とてもなじみ深いのよね。
「うん。これだけあれば何にでも使えるわ! ……あれ、もしかしてあそこに落ちているのは、クルミ!? 今日はなんてついているの!」
私は目を輝かせて、木から落ちたクルミをせっせと拾い集めた。
クルミは殻付きなら日持ちするし、栄養も豊富。鞄がぱんぱんになるぐらい詰め込んだから、これだけあればきっと王都まで困ることはない!
「あ、いけない。没頭していたら、道を外れてしまった……」
私はハッとして辺りを見回した。
侯爵家を追い出されてから随分歩いたから、既に日も傾き始めてきている。王都まではまだ遠いみたいだし、今日はきっと森で野宿しなきゃいけないだろう。
実家を出た時、お義母様がなけなしのお金をはたいて《結界》の加護がついたお守りを買ってくれた。だからこれを発動させれば、野宿しても魔物に襲われないはずだ。
……とは言えやっぱり、知らない森での野宿は少し怖い。地元の森だったら、もう少し慣れているんだけどな……。
どこか安全そうな場所はないかきょろきょろしていると、ふと森の奥に目が留まった。
というのもなぜかそこだけ、森にぽっかりと穴が開いたように、何もない空間が広がっていたからだ。
そして茜色の夕日に照らされる中、石畳がまばらに広がる地面には……。
……あれ?
私は目を細めてじっと見つめた。
それは全身が白銀でできた包丁で、持ち手には綺麗な装飾がびっしりと彫り込まれている。
私はさらに何度か角度を変えて、じぃぃいっと見つめた。
……やっぱりこれ、包丁だよね?
普通の包丁より一回りくらい大きいけれど、剣にしては小さいし、持ち手と刀身を分ける
この場所は開けていて寝泊まりにちょうどよさそうだし、もしかして誰かが忘れていったのかな?
一応辺りを見回してみても、私以外に人の姿も気配もない。私はまたじっと包丁を見た。
忘れ物なら……一瞬借りても大丈夫かな? ちょうど、今日と明日食べる分のクルミを割っておきたいと思っていたところだったんだ。
私はしばらく悩んでから、思い切って包丁に手を伸ばした。
細くてしなやかな持ち手部分を握って、えいっと引き抜いてみる。
すると、包丁はスポッと、あっけないくらい簡単に抜けた。
……と思った次の瞬間。
パァアアアッ! と私の目の前で、包丁が突然光り出した。
「きゃっ! 何!?」
驚いて落っことしそうになって、私はあたふたと包丁を握り直す。
かと思うと、私の頭の中に、澄んで凛とした綺麗なお姉さんの声が響いた。
『――ようやく会えましたね、わたくしの新しい主よ』
「へっ?」
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