第283話 参陣


 さて、イスファハーンを出た一行は、慣れない馬に乗って西へ西へ急いだ。


 マリナたち現地組からすれば馬を使えただけ早かったようだが、文明にどっぷり浸かったロバートたちからすれば、やはり長く感じられた。


 それ以上に、いつものことではあるが……尻が壊れそうになった。

 現代人――それでいてプロの特殊部隊員であろうが、繊細なケツだけはどうにもならないのだ。

 こればかりはアバター選択画面に「ケツの強さ」を入れておいてほしかった。


「やっと着いたか……」


 ロバートから漏れたのは、疲労感とはまた別の苦い響きのある言葉だった、


 とにかく、一部の問題はあったものの、ナセル一門が陣を構える平原に着いた。

 途中ではぐれの魔獣がいたり、盗賊がいたので、馬を銃声に馴らすのも兼ねて狩っておいたので、想定よりも少し遅くなった。

 もうじき日が暮れる頃――この世界もどういうわけか地球と同じく二十四時間で一日で地球の時計が使えるため針は十八時を指している。


「何者だ! 見慣れない顔だ、怪しいな貴様!」


 番兵がロバートたちを取り囲んで厳しく誰何すいかしてきた。

 周囲に溶け込むような怪しげなまだら模様の服を着た連中なのだ、無理もない。


「俺はナセル一門に連なる傭兵ロバート・マッキンガーだ! モーザ様に呼ばれて馳せ参じた!」 


 誰何の声にもロバートは努めて冷静に答えた。

 これがもう二三日かけての行軍だったら、限界を超えたケツの怒りから怒鳴り返していたかもしれない。


 こちらの世界に来て沸点が低くなっている自覚はあるが、これくらいなら抑えられる範囲だった。

 怒鳴られるのも、自分たちがこの国の人間と容貌が大きく異なると理解していれば納得できる話だ。


「責任者に俺たちが来たと伝えてくれ。これがモーザ様からの命令書と俺たちの傭兵登録証だ」


「そこで待っていろ」


「わかった。ただ、隅でもいいから天幕に入れて――いや、なんなら場所だけ貸してくれ。昼から移動しっぱなしだったから疲れた。身元確認をしている間、少し休ませてほしい」


「そんな勝手なことは――」


「これで酒でも飲んでくれ」


 番兵に“心づけ”をいくらか握らせると途端に態度が変わった。


「うむ……こちらで待つといい」


 使っていいと言われた場所をテントを張り、濡れタオルで身体を拭いて仮眠をとることにした。慣れたもので数秒も経たないうちに眠りにつけた。




 かれこれ三十分も経ったくらいだろうか。身の保証が立った。

 すっかり夜になった中、ロバートたちは砂漠迷彩デザートパターンの野戦服のまま番兵に案内される。


「モーザ様、ご命令により参上しました。ご用件は何でしょうか?」


 ロバートたちがモーザの天幕に顔を出すと、彼女は夕飯時らしくモリモリと食事をとっていた。相変わらずの露出きょ――もといかなりの薄着である。

 しっとりとした褐色の肌と肉の脂に濡れた唇が、蝋燭の灯りを反射して妖しく輝いていた。魅了チャームなどの変な魔法でも使っていないか気になるところだ。


 ――あれは……。


 将斗は奥に立てかけられているモノに気付く。あれはほうきだろうか。

 それだけ妙に浮いているが、それが逆に彼女が魔女であることを知らしめているようにも感じられた。

 相変わらずどこかちぐはぐなファンタジー世界だ。


「おお、ロバート。ずいぶん早かったな」


 食事の手を止めたモーザが薄暗い中でもわかる琥珀色の視線を向けてきた。


 周りにもナセル一門らしきの人間が控えている。名前は知らないが、屋敷で見た気がする人間もいた。

 将斗は日本人的なスキルを動員し、「ドーモ」と軽く頭を下げておく。


「いつイスファハーンを出た? 変わった格好だな。いや、話は食いながらでいい。食糧はたくさんある。お前らも食え。陣中食なのでたいしたものはないがな」


 そうは言っても何かの丸焼きが大皿に載せられている。

 アサド宅で出されたものより香辛料の香りが控えめなので、料理云々についてはそこを言っているのかもしれない。


「我々は今日の昼に出ましたが、軍の展開が早いですね。すでに戦の準備が出来ているようで。これら砂漠で敵に見つかりにくくするための衣装です」


 答えるロバートを筆頭にそれぞれに座布団へと腰を下ろす。

 直ぐに水が出された。ありがたい。


「ああ、いい機会だから一緒に砦を作っている。ここの兵は三〇〇だ。相手は遊牧民だけに一〇〇くらいの騎兵ばかりになる。楽な戦ではないぞ」


「「いただきます」」


 いつものマシンガントークにロバートが何とかついていきながら頷いていると、周りの連中は遠慮なく食卓に着いて食べ始めた。


 ――こいつら……。


 相手が貴人だろうが、アルメリア大陸での経験もあってあまり遠慮しなくなっているのだ。

 もっともロバートとしても、直接会ったのは一度だけだが、それで垣間見えたモーザの性格を考えると下手に遠慮しない方がいいと思えた。

 まぁ、もしもダメなら異国人というていで謝ればいい。


「今日の昼にイスファハーンを出ました。ここに着いたのはほんの少し前です。さすがに疲れました」


「ほぅ、いきなり呼びつけた割にたいしたものだ。てっきり明日になると思っていたぞ?」 


 骨付き肉を大きく齧ったモーザはニヤリと笑った。

 唐突だった自覚はあるようだが、悪びれもしないのだからなかなかに性格が悪い。そうした諸々のせいか笑っているのも肉食獣のそれに見えてくる。


「遅れては先に戦が始まってしまうと思いまして」 


 ひとまず無難に返す。


「いい心がけだ。――それで、用件は単純だ。


 彼女らしい、あまりにも単刀直入な切り出し方だった。


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