第282話 召集


 事態が動いたのは一週間後だった。


 それまでは各自が適当に鍛冶屋を行き来したり、人気のない砂漠で鍛冶屋のオヤジに射撃を見せて銃の虜にしたり、買い物でバザールに顔を出したり、あるいは知識を得るべく図書館へ行ったりしていた。

 ひと言で言えばアフグナスタ帝国での生活に慣れるためだったが、それは早くも思わぬ形で終わりを告げた。


「ロバート・マッキンガー率いる傭兵一行はすぐさま出立し、ナセル一門の陣に連なるように。――これは傭兵協会にも話を通した“依頼”です。要するにですね、いくさが起こります」


 アルジャン家から派遣されたという使者は、アサド宅の玄関先でモーザからの命令書を読み上げて短く補足すると、それを丁寧に畳んでロバートに渡した。


 いちいち面倒臭い作法だと思いながらロバートは再び広げて中身を見る。


 地球のアラビア文字に似た感じとしか思えないが、不思議なことにしっかり読めて理解までできる。

 ただ内容は……ほとんど口上と同じだ。なにもわからん。


「それではよろしく」


 これだけだ。ほとんど投げっぱなしである。しかもさっさと帰ろうとしやがった。


「待て。よろしくじゃないだろう、使者殿。これだけじゃ何が何だかわからん。戦なんだろう? 発端は? それに状況はどうなっている?」


 あまりに適当な命令だったため、思わずロバートの口調は荒くなってしまった。これではいけない。


「……とにかく、現地とこちらの動きなどが知りたい」


 一瞬マズいと思うも、ロバートは何事もなかったかのように言い替えた。


「えーっと、我が国に従属しない西方の遊牧民が交易路に関所を勝手に作ったため、これを粉砕、さらには支配下に置くつもりとモーザ様の仰せです」


 我が国と言ってはいるが、実態は少々異なるはずだ。


 なにしろアフグナスタは元々部族が集まって成立した国である。

 派遣された王族を除けばこの地域のトップであるモーザとしては、機会があれば自身の勢力を広げたいのだろう。中央への発言力を増すために。


「遊牧民が相手か……。しかし、我々は馬も用意していないのだが……」


 困惑を覚えつつアサドに「知っていたか?」と視線を向けると、彼は大きく首を振る。


「馬ならばファハンディ商会で調達できるでしょう。モーザ様はイスファハーン軍を率いて現地へ向かっております。お急ぎいただきたい」


 さりげなくアサドに仕事が降ってきた。いや、彼ならそれくらいサクッと応えてみせそうなものだが。


「いつ出発された? 追いつけと言われても物理的に不可能な場合もある」


「それはご心配なく。昨日発たれたばかりです」


 つまり、現時点では何も起きていないわけだ。


 派遣された軍の数にもよるが、昨日出たなら車両を使わなくても馬で追いつけると思われる。

 しかし……この様子では出発してから召還することを思いついたか。

 よくある偉い人間の思い付きである。実に迷惑なことだ。


「して、なぜ我々が呼ばれる? 傭兵になったばかりで実績などないし、魔女殿がいれば遊牧民相手の戦など容易に勝てるのではないか?」


「それは存じません。ですが、モーザ様は異国よりこの地へやって来たロバート殿らの武を期待されておられるのかと」


 どうにも要領を得ない。この男は単なる使者なのだろうか。それとも、こちらの一週間の動きを知っているのか……。


「わかった、今日中に向かおう。場所を教えてもらえるだろうか」


 考えても仕方がない。オエライサンとの繋がりから発生した事態だ。これは受け入れるべきだろう。


 必要な情報を得たロバートは使者を帰して、出発の準備を始めることにした。


「さて……」


 この国の戦争準備がどんなものかはわからないが、地球の軍隊時代にそれはイヤというほど経験して理解している。

 異世界だの文明レベルがどうだのは言わず、そのつもりで動かなければいけない。


「何かあったのか?」


 ちょうど何事かと居間に集まって来た仲間たちの中からスコットが声を上げた。


「――いくさだ」


「「「…………!!」」」


 ロバートの簡潔極まりない言葉を、誰ひとりとして誤解しなかった。

 そんな反応を受けて、ロバートはチームのリーダーとして早速指示を出していく。


「モーザ殿からの召集だ。唐突だが、。すぐに出発するぞ」


 彼女は見極めようとしているのだろう、異国人が何をもたらすのかを。


「俺は武器と金を用意する。他は装備を整えて集合だ。オヤジには俺からマスケットのコピーを進めておくよう言っておく。アサド殿、例の馬を頼む。それと、この国で役に立ちそうなものをまとめたリストを渡しておくから、ちょっと考えておいてくれ」


「「「イエッサー!」」」


「わかった、じっくり検討させてもらう。だから無事に帰って来てくれ」


「任せてくれ。これまでもそうしてきた」


 その言葉を皮切りに全員が一斉に動き始めた。


 最早、チームの動きに迷いはないし、アサドもタイムイズマネーの商人らしくすぐに覚悟を決めた。たいしたものだ。


 バタバタと慌てながらも、あっという間に準備は終わり、用意してもらった馬に跨ると昼前にアサドの屋敷を出た。


「行ってくる! できるだけ早く戻って来るから!」


「ロバート殿、ご武運を!」


 ロバートたちはアサド一家に見送られながら出発した。


 こういう国では戦国時代同様に出陣の儀式などがあるかもしれないが、元々自分たちは余所者だ。

 それよりも今は急いだほうがいいだろう。降って湧いた機会をモノにするためにも。


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