第275話 ちょっとガンつけてみただけの異邦人


 異国人――ロバートたちが退室した後、モーゼは銀細工の施されたキセルを取り出して煙草を吸い始めた。アサドもそれに続く。


 しばらく部屋に無言の時間と煙草の煙が流れる。


「――アサド」


「はい」


 不意に呼ばれてもアサドは動じない。彼女が声をかけてくるのはあらかじめわかっていた。


「自由民への登録ごときでわたしの所に連れてくるとはどういうことだ? 重要人物と判断したのか? そも彼らの話は本当か?」


 形の良い唇から煙が吐き出される。

 問いかけつつも自分自身で既に何か考えているようだった。


 この女は格好こそ妙――単純に魔女はより多くのマナを取り込み放出するため薄着なのだが、耐えず何かを考えている。アサドは付き合いからそれを知っていた。


「状況から言ってほぼ事実かと。私もそれなりの経験はあるつもりですが、算術を含め深い学問を持っているようでした」


「ふむ」


 ぷかりと吐き出された煙が立ち昇る。


「本日、ウスランの推薦で傭兵登録をする予定となっております。彼らの戦闘能力は塩田で野盗の群れを瞬く間に倒すほどでした」


「それだけか?」


 実物を見ていないからか、反応はイマイチだった。

 細かく話そうにも、先ず興味を持たなければモーザの性格では聞こうとしないだろう。


「いえ、我が護衛ウスランも立ち合ってこそおりませんが、彼らと戦えば勝てるかどうかわからないと……」

 

 その瞬間、モーザはキセルを手に叩きつけて驚愕を浮かべた。


「野盗はさておき、ウスランが一目置いただと!? あの男、我ら“魔女”にこそ勝てぬものの、軍ですらどうにか士官として招こうとしているのだぞ!? にわかには信じがたい……!」


 魔女は小さく唸る。


 ウスランがイスファハーン軍に入らない理由は、ひと言で言えば上級士官である魔女が苦手だからだ。

 もっとも、それ以上にアサドが首を縦に振らないのと、彼自身も主人を持った専属契約の方が自由に動きやすいからだった。

 本当の理由を言わないのは彼なりの矜持である。


「疑問はわかります。ですが、事実です」


「フーム」


「特に彼らの武器などは素晴らしい。あのカラクリは戦を変えるやもしれませぬ」


 今思い出しても身震いしそうになる。

 少しばかり指を引くだけで、大きな音と共に何かが飛翔し人体を破壊する。矢など比べ物にならない破壊力と命中精度だ。

 アレが多く並べられれば、いずれ密集して戦うことすら危険になるかもしれない。そんな予感がする。


「そこまでか、気にはなるな。しかし……北からの間者ではないのか?」


 モーザの琥珀色の目が鋭さを増した。


 遊牧民が余所者を歓待するのは旅人から情報を得るためだけでなく、その者の素性を見極めるためでもあるのだ。

 北大陸の国がこの大陸を狙っているのであれば、上陸されて真っ先に事を構えるのはイスファハーンになる。警戒しないわけにはいかなかった。


「そうですな……。可能性はなくもないですが……」


 少し考えたアサドが口を開いた。


「私個人としましては、彼らは間者ないと思っております」


 迷うような素振りはなく、ただ今ひとつ確信が足りない。そんな風に見えた。


「ふむ?」


 モーザは再びキセルで掌を叩いた。「続けろ」というサインだ。


「はっきり言って、間者にしては武器も含めて目立ち過ぎます。女も大勢連れている。しかも、ひとりは嘘か誠か王族ときたものです。あまりにも印象に残り過ぎる」


「たしかにな……。だが、いずれにしても並みの者ではないのだろう? それをどう考える?」


 モーザは彼女なりに客人を見ていた。せっかちだから急かすように話していたわけではないのだ。


「あるとすれば……間者ではなく“使者”といったところでしょうか。非公式の類ですが」


 アサドは煙草を灰皿で消した。


「使者だと?」


「ええ。何らかの事情があって南大陸の様子を見に来た。そう考えるのが一番筋が通っている気がします」

 

 それなりの存在感を示したところで、あの王女クリスティーナが本物であれば使者として名乗りを上げる。そんなところかもしれない。


 ただ、どうしてそんな回りくどいことをするかはわからない。


「役目を持つ者か……。そう考えればあの胆力にも納得がいくな」


 自分を前に緊張しているをしていただけで、ロバートと名乗った男たちは明らかに場慣れしていた。空気でわかる。

 あれは並大抵の肝の据わり方ではない。魔力は感じなかったが、視線を交わした時、肌が粟立つ感覚がした。

 かつて同じような経験をしたことがある。自分と同じ――魔女と戦った時だ。


「ええ、見たところ行動の自由は与えられているようです。相手を見定め、そして目的のために動く。それだけの権限があると感じました。あくまで仮定ですが」


「……お前が言うなら可能性は高そうだ。ところで、男たちの着ていた服はなんなんだ? 素晴らしい布地ではないか。首元から下げていた布は絹か? なまなかな者が着けられるものではないぞ?」


 また話が変わって質問攻めである。


「そういった部分を含めて、私は使者と推測しました。自分たちの価値を効果的に見せようとしている。底が知れません。これは商人としての勘ですが」


 急かされてもアサドは慌てず大半を受け流し、自分なりにまとめた結論を述べた。


 どちらかと言えばモーザの思考に合わせているとも言える。彼女も同様に推測はしているはずで、それを後押しする形だ。

 この男、官位こそ持たないが商人でありながらモーザのブレーンに近い立ち位置にいるのだ。


「……ふむ、そういうことか。取り立てるにも問題は色々ありそうだが、彼らのことは気にかけておく。面倒はわたしが看てやろう。おい、今すぐ傭兵協会へ走れ。わたしも彼らを推薦する」


 使用人を呼びつけたモーザは引っ張り出した羊皮紙にサラサラと何かを書いて手渡した。


「た、ただちに!」


 受け取った使用人は慌てて部屋を飛び出していく。この性急な主人を前にモタついていてはどんな叱責を受けるかわからない。


「ふふふ、もしもおまえの考えた通りならそれも面白い。ひと月待つ。その間に何か面白いことをすれば、自由民ではなく市民にする。拒否はさせるな。情報も引き出せ」


 モーザは灰皿に中身を落とす。話はこれで終わりらしい。


「かしこまりました」


 ――きっと何か企んでいるのだろう。気の毒に……。


 アサドは久しぶりに見たモーザの上機嫌具合を見てそう判断した。


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