第193話 カウンター・ストライク



「な、なぜそう言い切れる。他にも狙うところは――」


 言葉を受けたヴァネッサは言葉を途中で切った。顔色が悪くなっている。

「教会幹部を狙うなどいくらでもあるだろう」本当はそう続けたかったはずだが、さすがに場所と自分の立場を考えたらしい。


「いや、


 エリックは可能性を否定した。

 彼からすれば上層部のいる大聖堂ではなく、この治療院を狙った理由が理解できる。


「エリック様、教えていただけますでしょうか」


 進行方向に警戒は向けたまま、カテリーナはエリックを追いながら問いかけた。

 チラリと見るとヴァネッサも視線で同じ問いを発していた。


 それぞれに手や剣の先で密度の高い魔法陣がゆっくりと回転している。

 いつでも魔法が放てる態勢だった。魔族をひとり倒したからと油断はしていないらしい。自衛ができるなら戦うのもそう難しくはない。


「魔族に有効な魔法を持つがだけでなく、兵をいやすから聖女と呼ばれるのだろう?」


「そうだ」


 問いに問いを返された形となるが、ヴァネッサは苛立つことなく頷いた。

 先ほど一瞬で魔族を倒した手際を見て大人しくなったのかもしれない。


「なら、彼女たちを最前線に派遣される回復役がいなくなる」


「……!」


 ここでようやく事態を理解した。

 ヴァネッサの表情がそう物語っており、同時に深刻さまで浮かび上がっていた。


「あとは攻勢をかけてターゲットを狙い打ちすればいい。治療役がいなければ戦線復帰が遅れるか、あわよくば再起不能に追い込める。それほど難しい話じゃない」


 聖女候補と軍の要を重点的に狙えばいい。

 司令官・指揮官といった幹部の補充は簡単ではないし、一定以上の回復役ヒーラーも同様だ。

 その間に戦線を押し上げ、大陸に橋頭堡を確保する。これで戦況は一変する。


「……魔族は案外、人類の“弱点”を理解したのかもしれないな」


 ふと思いついた言葉をエリックはつぶやいた。


「それはなんですの?」


 カテリーナが声を上げた。動くとチリチリと金属の音がする。


「指導者イコール名将・猛将ではないことだ。魔族が純然たる実力主義社会だとすれば、これまで相手もそうだと勘違いしていた可能性がある」


 フランシス同様、後方撹乱はリスクは高いが成功すればリターンも大きい。

 ましてや狙う存在が秘匿されていないのなら動かない手はない。


 そう、後方でふんぞり返っているその他大勢の幹部など端から相手にしていないのだ。


「どうして、方針が変わったのでしょうか」


「方針といっても戦略が多様化しただけだろう。魔族が単純バカだけなら、とっくに人類が勝っている。おそらく……紛れ込んでいるヤツがいる」


 当初は侮っていたとしても、こうも勝てないのであれば学習する。

 魔族内部に勢力が複数あれば、遅かれ早かれそう考えても不思議ではない。


「人類の優位も、長くは続かないだろうな……」


 今は猛威を振るっているワイバーンとて、元々は魔物に分類される存在だ。

 魔族も近く同じものを導入するはずだし、場合によってはあちらの方が強力な個体を投入してくるかもしれない。


 地球の歴史を知るエリックは確信にも似た予感を抱いている。


「つまり、間者がいると……」


「情報を流しているとかな。他にも協力者がいるなどいくつか考えられる」


「そんな、裏切り者など……!」


 ヴァネッサが呻き、カテリーナには睨まれた。


 憶測とはいえ、身内であれば疑心暗鬼を生ずるほどのネタだ。エリックとて〈パラベラム〉や同盟勢力の話であれば慎重になっていただろう。


 しかし、今はまだ教会は敵対者だ。配慮などしない。


「利益があれば人は転ぶ。あっさり勝たれるよりも、継続的に武器や糧食が売れた方が嬉しい者もいる。そこは人類だからと安心できる部分じゃない。……まぁ、今は後回しだ」


 ヴァネッサへの“楔”を打ち込みつつ、一行は曲がり角に差し掛かる。


「死ねっ!!」


 待ちかねていたとばかりに飛び出して来た新手の抜き手がエリックに伸びる。

 背筋に軽い悪寒が走った。


 浮かんでいる魔法陣からエリックは攻撃魔法だと直感。片方の腕で相手のそれを受け流し、距離を取るどころか逆に相手の懐へと踏み込む形で潜り込む。


「んなっ――」


 口を衝いた驚愕はエリックの一撃にかき消される。


 真上に跳ね上がった膝が魔族の腹部に直撃。重い音を立てて身体が宙に浮き上がる。

 同時にいくつかの鈍い音が聞こえた。筋線維が断裂しただけでなく、骨や内臓にまでダメージは波及している。


「ぐごっ……!」


 苦鳴とともに息が肺腑から押し出され、魔族の呼吸が途絶した。

 意識まで吹き飛びかけたのか、発動直前だった魔法陣があえなく消失する。


「先に打っとくべきだったな」


 ガラ空きとなった頭部に銃口が押し当てられ火を噴いた。

 至近距離から喰らいついた弾丸が頭蓋骨を砕き、脳の機能を破壊して後頭部から抜けていく。

 足を引き戻したエリックの前で事切れた死体が地面に沈んだ。


「やられた! 怯むな、討ち取れ!」


 先行していた同胞がやられたことで、他の魔族たちが叫び声を上げて殺到してくる。

 近くにいたらしく数は五人。普通は不利と判断する数だ。


「数が多い。一旦退いて態勢を――」

「ここで退いても同じだ。おまえはカテリーナを守れ」


 エリックは後退を拒絶した。


 角の向こうへ引っ張り込もうとするヴァネッサの言葉を遮り、敵を見据えると地面を蹴るように前進していく。


「よう、歓迎の準備はできてるか?」


 軽く手を掲げて見せた。

 相手の数は多いが、誰もまともな武器を持っていない。

 こちらを警戒する素振りもないことから、魔族の優位性を疑っていないとわかる。


「一斉攻撃! あの愚か者を焼き殺せ!」


 ――たいした慢心だ。


 魔族の声を聞いたエリックは鼻を鳴らす。


 コイツらの作戦は、言ってしまえば単なる“魔法頼みの特攻”だ。

 奇襲を仕掛けられれば有利に戦えるが、ひとたび接近を許すと仲間を巻き込むため、広範囲の攻撃手段は使えなくなる。

 

 ――なら簡単だ。肉薄して“飛び道具まほう”の優位性を潰せばいい。


 自身が無茶を言っている自覚はなく、異世界仕様の肉体となったDEVGRU司令官は敵目がけて突き進んでいく。


 途中飛んでくる複数の火球があったが、狙いや撃ち方が単純すぎるため回避は容易だった。

 後ろの方で小さな悲鳴が聞こえたが、それだけだ。まぁヴァネッサがいれば大丈夫だろう。


キリシマ大尉サムライがいればひと薙ぎかもしれんが……」


 誰にでもなくつぶやいてエリックはさらに距離を詰める。


 あいにくとカタナは使えないが、補うだけの経験と能力を持っている。

 相手の連携が難しくなるど真ん中を狙ってエリックは地面を蹴る。狙われる隙となるため高さはないがそれゆえに驚異的な前方への跳躍だった。


「「「なっ……!?」」」


 次の魔法を唱えていた魔族たちの驚愕が重なった。


 まさか自分たちを脅かす戦闘力を持つ人間がいるとは思ってなかったのだろう。


 そう、彼らに誤算があるとすれば、ここに〈パラベラム〉がいると知らなかった。それに尽きる。


「バットを振り抜くまで、ボールから目を離すなって教わらなかったのか?」


 エリックが牙を剥いた。


 間近にいた男の顔面にマガジン底部と一体化した拳を叩き込み、頬骨を砕き顔面を陥没させる。

 顔の穴という穴から血が噴き出す中、有り余るエネルギーは脳を破壊しつつもまだ止まらず身体を吹き飛ばす。

 仰け反ったまま吹き飛んだ身体は近くのひとりと絡み合ってそのまま床に倒れこむ。


「ちょっ――」


 予想外の事態に硬直する魔族たち。言うまでもなくそれは致命的な隙だった。


「ひ、怯む――」


 辛うじて絞り出した言葉は最後まで紡げず、旋回した反対側の手がようやく動き出したひとりに襲いかかった。


 先ほどと同様の一撃を受けた顎骨が砕け、血の泡を口角から撒き散らす。こちらも同じく喰らった側の身体そのものを吹き飛ばす。

 残るふたりに仲間の身体がぶつかり、貴重な反撃を阻害してしまう。

 魔法で片付くとタカを括って密集していたのが仇となった。相手からすれば最悪の事態だった。


 エリックの攻勢はそれだけに留まらない。彼が握っているものはそもそも何か。

 意識を失った仲間の身体越しに、残る相手へ銃撃を浴びせかけた。

 進むことも逃げ出すこともできない魔族の身体が着弾の衝撃で小刻みに震える。


 瞬く間に五人を制圧しても、エリックはまだ止まらない。


「プレイボール」


 片方の銃を上空に向けて放り投げると、ベストに括り付けていた球体を取って振りかぶり、進行方向へ向けて投擲する。


「…………ギャッ!」


 しばらくして遠くから悲鳴。

 大リーグ投手を凌ぐ勢いで数十メートル飛んだ球体――M67破片手榴弾が、通路の向こうから迫って来ていた新手の顔面中央にめり込んでいた。

 もちろん、安全ピンは既に抜かれている。


「――スリーアウト、チェンジ」


 エリックが回転しながら落ちてくる銃をキャッチしたところで手榴弾が炸裂。先に意識が吹き飛んでいた魔族ごと破片が周囲を飲み込む。

 これで都合九人の魔族が葬られたことになる。この間、五分とかかっていない。


「バ、バケモノ……」


 足元から呻き声が聞こえた。

 先ほど仲間の身体に押し倒された生き残りだった。表情は瞬く間に仲間を倒された恐怖に染まりきっている。


「おまえ、魔族だろ? にそんなビビるなよ」


 エリックはそれを笑い飛ばす。口端を吊り上げた禍々しい笑みだった。

 そっと向けられた銃口が吼え、最後のひとりが沈黙した。


 今の一発でスライドが後退したまま固定、弾を打ち尽くしたことを持ち主に告げる。

 背後に気配。それを感じながらエリックはHK45Tのマガジンを再装填する。


「無事か?」


 振り返るとカテリーナとヴァネッサの姿があった。ふたりとも信じられないものを見るような目で魔族たちの死体を見ている。


「あ、あぁ……」


 ヴァネッサは答えたが、先ほどまでのツンツンした空気がない。

 激戦を覚悟していたにもかかわらず、あまりにもあっさり片付いてしまいどうすればいいかわからないのだ。


「ロビーはもうすぐだったよな?」


 エリックは記憶を呼び覚ますが、そこは施設に詰めてる人間に聞いた方が早い。


「ええ。もう少しですわ」


 すっかり調子が狂ってしまったヴァネッサの代わりにカテリーナが答えた。

 彼女は言われた通り、せっせと空薬莢とマガジンを回収してくれていた。

 素直にやってもらうと、なんだかこちらが悪いことをした気分になってくるから不思議なものだ。


「じゃあ、仕上げといくか。――チーム、外はどうだ?」


 今は目の前の作戦に専念しよう。そう内心で言い訳したエリックはマイクを叩いた。


『こちら“サンダー・スティール”、“デルタ・ワン”と共に屋根からの進入路を確保して屋根裏にいます。いつでも突入できます』


「……“オペレーター”、悪いがちょっとUAVを飛ばして海の方を探ってくれないか」


 あとは突入指示を出すだけだ。

 しかし、ここでふとエリックの脳裏に湧き上がったものがあった。


『よろしいのですか? 周辺状況を探れなくなりますが……』

『准将、何かありましたか?』


 ミリアが声を上げ、次いでジェームズが疑問を発する。


「連中、仲間がいる可能性がある。魔族が逃げるなら、おそらく陸路は使わず海路を選ぶ。それを見つけてくれ。俺なら――漁船あたりに偽装する」


『わかりました。高度を下げて調べます。ご健闘を』


 すぐに意を汲んだジェームズが了承の返事を寄越す。


「頼んだ。――さて、“ライムシュタイン”は窓の見張りを排除、“ペインキラー”、“ブレイド”、そちらのタインミングに合わせる。暴れていいぞ」


『『『了解』』』


 それぞれが待ちかねたとばかりに声を上げて反撃の弾丸が薬室に装填されたことを告げる。


 魔族は気付いていない。運悪くとはいえ、誰を敵に回してしまったか――

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