第191話 The Fight Song


「は? 敵襲だと?」


 予想外の言葉にヴァネッサの目が点になった。

 控えめに見えても「コイツは何を言っているんだ?」と言わんばかりの表情をしている。


「エリック様、どういうことですの……? わたくしにもわかるように……」


 ヴァネッサだけではなく隣のカテリーナも似たような表情でこちらを見上げていた。

 今の無線連絡は聞いていたはずだ。それでも状況が理解できないでいる。


 もっとも、彼女たちが悪い――危機感に欠けているわけではない。

 劣勢に立っているわけでもない人類、その本拠地が何者かの襲撃を受けるなど考えたこともないのだ。

 高速移動手段がほぼ存在しない世界だ。余計に想像できないのだろう。


「ちょっと理解しにくいか。なら、具体的に言おう。おそらく――


 エリックは淡々と告げると、ふたりの表情が硬くなった。


「魔族の……?」


 短く問い返したヴァネッサはより怪訝な表情になっていた。


 どちらかと言えば――いや、ほとんど信じていない。

 後方にいると、魔族という存在は認識していても身近に現れるとは考えられないのだろう。

 最前線経験者であればまた違うのかもしれないが。


「まだ確定した訳じゃないがな。聖女殿が居合わせたタイミングってのは偶々だろう」


 懐疑的な反応をされてもエリックは口調を変えたり、強引に理解させようとはしなかった。


 ――俺だって予測に基づいて言っているだけだ。


 こればかりは仕方がないと思う。

 実際に目の前に敵が現れるなり、部下からの報告があるなりしなければ、当事者意識を持つことは不可能だ。


「それを信じろと言うのか? ここから最前線までどれだけあると思っている?」


 ヴァネッサは警戒を強めている。剣に手を伸ばさないのはカテリーナへの配慮でしかない。

 恋敵……と言うのはアレだが、今日初めて会った相手なのだ。当然の反応だった。


 ただ、全否定ではなく「そう思う根拠は?」と問う気配があった。

 カテリーナを伴っているからだろうが、そうした素振りがあるだけずっとマシだ。


「不思議な話じゃない。実際に後方のフランシスは狙われた」


「「…………!」」


 ふたりが押し黙る。否定しようのない事実だった。


「結果は失敗に終わったが、潜入は不可能ではないと証明された。俺が魔族の立場だったら次は本部を狙う」


 先ほど本部施設を空爆で吹き飛ばそうと考えていたとは思えない言葉だった。

 無論、口に出していないのでセーフだ。カテリーナの胡乱な視線が刺さった気がしたが無視する。


「団長! 襲撃です! 敵は――敵は魔族と思われます!」


 扉が勢いよく開かれ、ヴァネッサと同じような格好をした騎士が部屋に飛び込んで来るや否や叫ぶ。

 そろそろと思っていたタイミングだ。薔薇騎士団の能力が想定以下でなくエリックは安心する。いや、安心している場合ではないが。


「なんだと! どうなっている!」


「それが……治療を受けに来た集団に紛れ込んでいたようです……」


 予想外だったのか女騎士の表情には忸怩たるものがあった。

 過去に例がなかったのだろうが、まさかそうした手段に出るとは思っていなかったのかもしれない。


「外の連中――僧兵たちの魔力探知は何していたのだ! 何かしらの魔法を使っていたであろうに!」


「それは……」


 一介の護衛に答えられるはずもない。


「いやいい。配置に戻れ、わたしもすぐに行く! 聖女候補たちを最優先で守れ! 人類の要だぞ!」


 ヴァネッサは一瞬だけ髪をかきむしるも、すぐに愚痴を並べても仕方がないと意識を切り替えた。

 この対応は見事だ。感情に呑まれていない。


「はっ!」


 女騎士は気を取り直して敬礼のような動作をして去っていく。

 それを見送ると、ヴァネッサはエリックに向き直った。


「ひとつ訊きたい」


「なんだ?」


 先ほどまでとは異なる鋭い視線だった。色ボケた気配はすでに微塵も存在しない。

 なるほど、根っからの騎士道精神を持っていたわけだ。


「状況は理解した。これからわたしは敵を迎え撃つ。その上で、そちらが魔族と通じていない保証はあるのか?」


 より鋭さを増した視線がエリックを射抜く。「返答次第ではこの場で斬る」と暗に告げていた。


「ヴァネッサ!」


 カテリーナの声はかつてないほど厳しいものだった。

 状況が状況だとしても、客人を相手にあまりにも失礼な態度だ。ここで咎めねば自身の品性も疑われる。


「いいんだ」


 場がにわかに緊張を帯びる中、エリックは軽く手を掲げると変わらぬ口調でカテリーナを止めた。


「当然の疑問だ。こちらもないと明確な証拠を提示できるわけではないが……。そうだな、強いて言うなら“利点”がない」


「……利点?」


 どこか拍子抜けしたようなヴァネッサの反応だった。カテリーナも目を丸くしている。張り詰めた緊張がわずかに緩む。


「魔族が人類を切り崩すとして、ヤツらに我々が納得できるだけの利点は提示できるか。敵の敵というだけで魔族と組むことはない」


「つまり、なんだ? 少なくとも今の時点で魔族と共闘するつもりはないと?」


 考える素振りを見せたものの、ヴァネッサの理解は比較的早かった。

 脳筋のようでいて、戦いになると脳の回転が高速化するタイプらしい。


「そうだ。何よりも――」


 エリックは迷わず頷き、一度言葉を切った。


「俺たちは兵士であり“戦士”だ。まつりごとであれ戦いを選んだ者に容赦はしないが、たすけを求めてやって来る者を狙う姑息な真似はしない」


 色々考えたが、ここは素直に思っていることを口にした。


 今後の戦いの中で副次被害コラテラル・ダメージは発生するかもしれないが、積極的に選択することだけはあり得ない。

 異世界で生き残るために手段を選ばないと言いつつも、名誉や誇りまで捨てたつもりはなかった。


「むぅ……。そこは口だけでも『愛する者を狙うような連中とは組めない』とか言えませんのかしら……」


 カテリーナが小声で何か言ったが無視だ。用事が済んだら検討だけしてやる。


「……いいだろう。それらしい言葉を並べられるよりもずっと説得力がある。あとは行動で見せてもらえば、おのずとわかる話だ」


 ヴァネッサは大きく息を吐き出した。


 彼女は彼女でエリックがこの場で敵に回ったらどうするか悩んでいたらしい。

 あまり駆け引きは上手くないが、率直な反応は好感が持てた。


「なら、決まりだな。……“レイヴン・リーダー”、状況を知らせろ」


 笑みを深めたエリックは喉元のマイクを叩いた。

 戦いの序曲はもう流れている。

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