第145話 同行者天使ちゃん?


「ビリー、すまないが『すぐに出向く』と王城に“返信”してくれ」


「承知しました。それでは失礼します」


 指示を受けたブライアンが敬礼をして部屋から出て行く。


ですか、便利ですね」


 憲兵中尉を視線で見送ったジェームズが問いかけた。


「ああ。我々の当たり前は当たり前じゃないからな。もう少し早く気付いてもよかった。パーティのお誘いをするのにわざわざ王城に出向くわけにもいかん」


「“お菓子をくれなきゃイタズラしますTrick or Treat”って? そりゃたしかに面倒だ」


 後半の冗談はさておき、エリックの言葉からわかるように事務所と王城の間には通信回線が繋がれていた。

 バッテリー式の据え置き型無線機なので〈パラベラム〉の定期便が献上用の嗜好品と共に交換用バッテリーを適宜運んでいる。

 

 本来なら王城に間借りするなり大使館を用意するなりして何名か駐在武官として詰めさせるべきだった。

 ところが、かねてよりの人手不足もあって現状それどころではなく、すべては教会との問題が片付いてからと後回しにしていたのだ。


「人は出せないが物資は出せる。上手く利用したものだと思いますよ」


 ロバートが感心したように頷いた。


「苦し紛れの結果オーライだがな。人員の派遣は実務に差支えが出る」


 エリックもさすがに苦笑を浮かべた。


 人を出せない代案として、クリスティーナの幼馴染である貴族子弟の侍女を教育して無線連絡員とした。これは一応の情報漏洩や裏切りへの対策だ。

 貴族としての教育を受けているため、少しばかり基本を教えるとすぐに全体を覚えてくれた。

 登用人材は結構眠っているのだ。


「よくよく考えれば人口の約半分は女性ですからね。男より有用に働ける場はいくらでもあるでしょう」


「執政府が難色を示さなかった――いや、非常時だからと国内の反対勢力を抑え込んでくれたからな。これはかなり大きい」


 ヴェストファーレンも動員による人員不足の気配があるため、王家主導で女性登用の案を半ば押し切る形で通している。

 この機会に新たな技能職として比較的手の余っている女性の登用が進めばいいと〈パラベラム〉のメンバーは考えている。


 地球でも南北戦争時には弾薬の生産など後方支援に女性が関わっていたのだ。

 前線以外にも“戦う場所”はたくさんある。それを早期に活用した方が国力を伸ばせるのは当然だ。


 こうした動きを敵対勢力である教会が知るのはもっと後になるだろう。

 聖女以外の高位聖職者の大半が男性である彼らが問題なく方針転換できるかはある意味見ものかもしれない。


「大佐、三十分以内に迎えが行くとの回答です」


 ほどなくしてノックの音と共にブライアンが戻って来た。

 人と介してのやり取りをしていたらもう二時間は余計にかかっただろう。まさに文明の利器。時は金なりである。


「ご苦労、それで問題ない。三名は着替えて二十分後に下に集合だ。いいな」


「「「イエッサー」」」




 登城の返信を送ると、通達通りすぐに王城から馬車が寄越された。

 二頭立ての内部に結構余裕のあるものだ。四人を連れて行くには十分すぎると言えよう。


「やれやれ。これじゃあ近所の人気者になっちまうねぇ……」


 外に出たウォルターが辺りを見回してわざとらしく軽口を叩いた。

 建物の周囲では商家の人間たちが何事かと様子を窺っている。


 王城から紋付の馬車が来るなど普通に考えて只事ではない。

 何やら建物が改装され人の出入りがあるとはわかっていても、付き合いがないため何者が使っているかは誰も知らないのだ。

 それでいて見慣れないながらも品のある恰好の人間が出てくれば興味を持たない方がどうかしている。


「ま、遅かれ早かれこうなる話だ。引越の挨拶は後々で構わん」


 周りからの視線をものともせず平然と馬車に乗り込んでいくエリックを見て、ウォルターとロバートは顔を見合わせた。


「我らが大佐殿はなかなかに肝が据わっていらっしゃるな」

「ああ、あれじゃまるで――」

「なんというか、氷血の司令官殿ですねぇ。せっかく綺麗な見た目をしているのに勿体ない……」

「そうだな。ありゃ血も涙も凍りついて……ってなんでミリアがいるんだ!?」


 目線だけで少佐ふたりはそう通じ合う――と思ったところで、ロバートとウォルターは視線をわずかに下げて自分たちの間に入り込んだ新たな声の主に気付く。


 いつの間にかミリアが仕立てのいいスーツ姿で立っていた。

 表情を見るに彼女が次に何を言おうとするか今の時点でよくわかる。わかりたくもないが。


「ひどい言い草ですね。王城に行くならわたしがいてもいいでしょう? 超VIP待遇ですよ」


 宗教上の理由で王族がこの上なく配慮してくれるのをそう言い変えるとはあまりにもいい神経をしている。


 意地でもついて行くと言い出さんばかりの姿勢だ。

 子供じゃあるまいし。いや、肉体年齢で言えば子供みたいなものかもしれないが……。


「自分で言うなよ。どちらかと言ったらおまえは触れたらいけないヤツアンタッチャブル扱いじゃないのか?」


 ウォルターは意に介さずからかいにいく。コイツは本当にマイペースだ。


「失礼な。過去には『天使のようにかわいいミリアちゃん』と言っていただけましたよ?」


「おい、しれっと過去を捏造するんじゃない……」


 天使扱いを容姿を褒めてくれたと認識するのはさすがに無茶がある。

 いったいどんな面の皮の厚さをしているんだ。あまりの無敵具合にロバートは眩暈を覚えそうになる。


「なにをしている、マッキンガー少佐。早く乗れ。ミリア嬢も同行を許可する」


「やった!」


 ミリアが破顔して手を叩いた。

 普段行動を共にしているマリナやサシェから影響を受けているからか、やけにリアクションが人間臭くなっている。

 好ましい変化だと思うが、今だけはどうも釈然としない。


「ったく……。タウンゼント大尉、おまえが面倒を見ろ」


「ちょっと!? まるで僕が呼んだみたいじゃないですか!?」


「はらぐ……陰謀が好きな者同士でちょうどいいだろ」


 言いたいことは山ほどあったがほぼすべてを呑み込み諦めて、ロバートは馬車に乗り込んだ。


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