第6話 オペレーター
「……!」
周りを見ると軽口はピタリと止まっていた。
そればかりか皆の視線が揃ってこちらを向いている。
仕方なく手を伸ばして取り出すと、内部から悪環境でも使用できるようタフな改造を施された携帯端末が現れる。
普通なら留守電になるのだが、それはずっと震え続けていた。
「……早く出ろってことか」
振動に促されるがままに将斗はディスプレイの電源を入れる。
「うーん……」
「どうした?」
ロバートに問われる。
ディスプレイにはまるで催促するように「ナビゲーションシステムを起動してください」と文字が大きく表示されていた。非常に気が進まない。
「そういえばさっき『落ち着いた時に説明する』って言ってたな……」
とはいえ、怪しいことこの上ない。
素直に従っていいものか将斗は悩み、ロバートたちに視線を送る。
彼らは揃って笑みを向けていた。
主に良くないほうの意味――「おまえがなんとかしろ」である。
「こういうファンタジーかSFかアニメかわからないような案件はマサトに任せる」
腕を組んだロバートの言葉に回りのメンバーはまたも揃って頷いた。
――そんな無責任な……。
無言の圧力に耐えきれなくなった将斗は、周囲に他者の気配がないと確認し、パネルをタッチしてシステムを起動させる。
その瞬間、携帯端末から青白いレーザーのような光が放射され、魔法陣にも似た複雑な紋様が地面に描かれていく。
表示されたメッセージは「システムのローカライズ中……。続いて、ミッションをオペレートするナビゲーターを転送します……」に変わっていた。
「なんだこりゃ……」
「やっぱり新手のハリウッドムービーが再生されてるんじゃ……」
「オーマイ……」
「あ、地元のハロウィンで見たことあるかも!」
他のメンバーは驚いたり現実逃避したりしているが、将斗に至ってはもはやリアクションする気にもなれなかった。
半分考えるだけ無駄だと開き直り「もうどうにでもな~れ」とすら思っていた。
そんな思考を差し置いて、描かれた魔法陣の中から新たに浮かび上がった光が形を作り始め、それは次第に人の形へと変化していく。
やがて光が収まると、そこにはライトグレーのパンツスーツに身を包んだ女性が立っていた。
「はー、やーっと出られましたー!」
弾けるような、明らかに場違いな声が路地裏に響き渡った。
水色の髪に、透き通るような青の瞳がまず見る者の目を奪う。
明るい灰色に白のピンドットストライプが入った細身のパンツスーツの上下に、胸元の大きく空いたクレリックのブルーシャツを豊満な胸が押し上げている。
身体の線が浮き出る装いながらも、赤いプラスチックフレームの眼鏡が知的な印象を強めている。
これとくりっとした目に緩やかな弧を描く眉が相まって、どちらかというと色気ではなく活動的な美貌に仕上げていた。
――まるで漫画の登場人物だな。
内心でそう思う将斗だったが、そもそも青色の瞳と髪の毛をしている時点で、夏と冬に開催されるサブカルの大祭典のコスプレイヤーか、そうでなければ自分の脳味噌がおかしくなったかのどちらかだ。
尚、辛うじてどちらでもないと判断できたのは、将斗たちはしばらく前に彼女の声を聞いていたからだった。
「おめでとうございます、皆さん! 無事に最初の
妙に高いテンションで語る少女を見て、将斗は気力を奪われたようにげんなりとした表情を浮かべる。
最初のミッションってゲームじゃないのだが。
「オペレーターって名乗ってたよな? なんて呼んだらいいんだ?」
「おっと、申し遅れました! わたしのことはミリアとお呼びください。先ほど通信機越しでしかお話しておりませんでしたが、あらためまして今後皆さんのオペレーター役となります! よろしくお願いしますね!」
やはりテンションが高い。
「ああよろしく。しかし最初からハードルが高過ぎやしないか? 俺の知っている異世界転移系の小説とかだと、もうちょっとこう穏やかというか……ほら、王宮に呼び出されたりとかさ……」
サブカルに造詣の深い将斗がげんなりした表情で問いかけた。
「いやいや、甘いですね。“事実は小説より奇なり”、あるいは“人生は唐突にして突然”なのですよ」
びしっと立てた人差し指を小さく振りながら、ミリアと名乗った青髪の少女は胸を揺らしてドヤ顔で答える。
そこは胸を張るところじゃないのでは?
「あぁそう……。ここ最近で一番忍耐力を消費した気分だよ……」
反論を続ける気力も出なかった。将斗は近くの木箱に座り込んで溜め息と同時に肩を落とす。
ちなみにロバートたちはすでに遠慮なく腰を下ろしていた。
皆が上の階級とはいえ実に自由である。もう少しポーズでもいいから気遣いとかないのだろうか……。
「あれだけ好き勝手に言われれば無理もありません。いつ「銃を寄越せ」と言われるかワクワク――じゃなかった、ヒヤヒヤしていましたよ?」
失言しかけたミリアは取り繕うように言い直し、レッグホルスターに納められた全員分の自動拳銃を何もない空間からポイポイと五つ取り出した。
「「「「「オーマイ……」」」」」
またしても現実離れした光景に、ロバートたちは銃を受け取りながらも引き攣った笑みを浮かべるしかない。
「……まぁ、俺たちはいい大人だからな」
気を取り直したロバートは手を振って答えた。
実際のところ、取り調べを受けていたあの場において真の意味で生殺与奪の権利を握っていたのは将斗たちだった。
姿こそ見せなかったが、ミリアは将斗たちの通信回線に割り込み、彼ら了承のもとHK45T自動拳銃を綺麗さっぱり消してしまった。
もしも事態がこじれた場合、あの場にいた兵士を含む全員を制圧すると前置きした上で。
「あそこで話がややこしくなっては、何のために魔族の召喚式を強制的に上書きしたかわからなくなりますから」
「心配しすぎじゃないか? 文化が違う連中にバカにされたからその場で全員始末するなんて、どれだけサイコパスだと思われているんだ?」
スコットの言葉に皆が頷く。
幸いというべきだろう。彼らには文明人として最低限の良識と想像力を持っていた。
「状況もわからないのに、他国で警察権を行使できるだけの組織を少人数で敵に回すのは、紛れもなく自殺行為だろ」
「まったくだ。民間人への被害を出すつもりはなくとも、これでは何のためにテロ行為に加担しなかったのかわからなくなる」
「それはそうと、拳銃だけで僕らが兵士全員を制圧できたと?」
最後にジェームズがミリアに問いかけた。
「そこは大丈夫です。いよいよとなれば、わたしの転送を繰り上げてもらう予定でした。それなら
「涙が出るくらいありがたい話だ。けど、俺たちをこの世界へ呼び付けた目的は“そこ”じゃないんだろう?」
皮肉混じりの指摘がロバートから飛んだ。
彼の言う通り、あくまで優先事項はまずあの場を切り抜けることであり、いたずらに波風を立てることではない。
「ええ。幸い何も起きませんでしたから」
もっとも、あそこで将斗たちを始末、または拘束するような動きを騎士たちが見せていたら、強硬策に出ていたのは間違いない。
未知の攻撃手段を使いそうな
そして、目下の危険を排除したところでクリスティーナを相手に恫喝……もとい交渉を行う。
それでもどうにもならない場合は、
事実、楽観主義者ではない各々は最悪を
「まぁまぁ。元気出してください。今のは軽い冗談ですよ」
「不思議だな。初対面なのにまるで冗談に聞こえない。赤い糸でも繋がってるのか?」
エルンストがわざとらしく肩を竦めた。
「……さてさて? まずはどこかゆっくりできる場所へ行きませんか? さすがに今ここですべて話すわけにはいかないかと」
将斗たちの疲労状態など目に入っていないのか、あるいは理解してやっているのか。
ミリアは高いテンションのままスーツの懐から皆が持っているものと同じ携帯端末を取り出す。
「そうだった。まったく、どうしてこうなったんだか――」
不意に五人から表情が消え、一斉に声が止まった。
ミリアが不審がって口を開こうとするが、そうするより先に何が起きたか理解した。
路地裏で会話をしていた将斗たちを取り囲むようにして、十人ほどの男たちが物陰から現れた。
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