第4話 言ってなけりゃ嘘じゃない


「ふーむ……」


 値踏みするような声と、どこか粘ついた視線が立ち並んだ将斗たちに向けられた。


「他はその辺にいそうじゃが、ひとりだけは“勇者様たち”と同じく黒髪黒瞳……。しかし、どういうわけか魔力は微塵も感じられぬ……」


 銀糸の刺繍が入った白のローブ姿に青い宝玉の嵌る大きな杖を持つ猫背気味の老人のものだった。


 ――言いたい放題だなこのジジイ。ブチ殺してやろうか。


 思わずカッとなりかけたが、人生には様々な不条理があると思い出して将斗は気持ちを落ち着ける。


 そうだ、何があるかわからないのが人生だ。

 どれほど普段から気を付けていても、運転能力のない人間が乗る車が不意に突っ込んできたり、老朽化したマンホールが割れて下水道に落下したり、ひどい時には雷に数度打たれたりと、人生どうにもならないことばかりだ。


 納得しかけたところで「この話、何かおかしくないか」と思考を止める。

 あくまでも可能性に言及しただけで、このような展開など誰にも予想できるはずがない。


「どうだ、ガレウス」


 新たな言葉が発せられた。


 老人の次に口を開いたのは、仕立ての良い服に身を包んだ青年だった。


 濃い茶色の髪に緑色の瞳を持ち、比較的整った目鼻立ちが相まって、この世界では限られた社会階層――育ちの良さが伺える。


「さっきから唸ってばかりだが何かわかったのか?」


 彼はガレウスと呼ばれた老人に「早く結論を寄越せ」と視線で訴えかけた。

 よほど自分たちのことが気になるらしい。先ほどの鐘楼でも見た顔だ。

 もっとも、好ましい顔付きとは思っていない。


 ――ゲーム的な解釈なら、貴族出の高位騎士に宮廷魔法使いって感じかな。


 ぱっと彼らを見た将斗はそんな印象を受けた。


 中世ヨーロッパという、実にふわっとした時代を舞台にした創作物にいるような外見をしている。

 敢えて言い換えるなら“時代劇時代”と呼ぶべきか。


 ただ、有象無象の撮影用のコスチュームとは違ってちゃんとした素材で作られている。

 やはり、認めたくないがこれは“本物”なのだろう。

 数少ない情報からあれこれと考えたが、いい加減現実と認めるべきかもしれない。


 実際のところ、将斗の推測は正鵠を射ていた。


 彼らに向けていつでも槍や剣を向けられるよう壁際に控えている兵士たちの眼光は、“同業者”ほどではないが確実に訓練された者たちのそれだ。

 これを演技で出せるというなら、きっと歴史に名を残す映画だって撮れる。


「鑑定魔法からの適性職業は《兵士》……肩透かしもいいところじゃな。まぁ、所詮は小賢しい魔族が召喚式をいじった紛い物よ。そう不安がることもなかろうや、ベリザリオ」


 ちらりとこちらを見た老人の声からは「期待外れにも程がある」と言いたげな侮蔑の念を感じた。

 折角の実験材料が落第点だったと失望しているらしい。勝手な話だ。


「待て。不意を衝いたとはいえ、よくわからぬ手法で魔族を一撃で葬ったのだぞ? 偶然か? この押収した道具もまるで使い道がわからぬし……」


 ベリザリオと呼ばれた青年はそれでも将斗たちへの警戒を解こうとはしなかった。


 現在、彼の手にはフランキ SPAS-12半自動式セミオートマチックショットガンがある。

 顔色の悪い男の頭部を綺麗さっぱり吹き飛ばした銃だ。


 当たり前の話だが、武装解除に応じる際にこっそり弾薬は抜いておいた。

 撃てなければ銃といえどもただの金属と樹脂でできた棍棒以下の存在だ。

 無論、相手には使用数に制限のある使い捨ての武器と言って切り抜けた。

 少なくとも嘘はついていない。


 その代わり、拳銃だけは手放すわけにはいかず、どう誤魔化すか最後まで悩んだ。

 まさか生身で剣を持った騎士たちを相手にするなど無謀でしかない。


 もっとも意外なところでそれを解決したのはまさしくファンタジーな現象なのだが――


「ふむ。せめて《騎士》の適性と血統があれば騎士団に組み込めたものを……」


 いったいどのような仕組みで自分たちの情報を読み取っているのか。

 さらに言えば、言葉が通じることさえも謎のままだった。魔法など当たり前と思っている彼らからは一切説明がない。


 ――少しはこっちの話を聞いたらどうなんだ?


 散々遠慮のない言葉を聞かされていた将斗は、苛立ちを堪えているせいでそちらを真剣に考える余裕もない。

 彼は職業柄、不条理には人一倍慣れているつもりでいた。


 だが、何事にも限度がある。むしろ同行者の忍耐が続くかのほうがずっと不安だった。


 ついさっき出会ったばかりの見知らぬ人間に、よくわからない内容で好き放題言われているのだ。

 これは最早、不条理ではなく理不尽としかいいようがない。


「クリスティーナ様、いかがなさいましょう?」


 考えあぐねた青年が部屋の主に視線を向けた。


「そうですね……」


 三人目の声には凛とした響きがあった。


 白味がかかった美しい金色の髪を腰まで伸ばし、柔和ではあるもの芯の強そうなコバルトブルーの瞳がこちらに向けられている。


 名はクリスティーナ・セイレス・ヴェストファーレン。そう名乗っていた。

 鐘楼の上で魔族と呼ばれた顔色の悪い男を追いかけてきた集団のリーダーらしい。


 いまいち情報量が多過ぎて理解しきれていないが、彼女は人類連合の最大勢力である聖剣教会の次期聖女候補筆頭らしい。

 これだけではどう凄いのかさっぱりわからないが、名前的にシンボリックな存在なのは間違いなさそうだ。

 最前線ではないこの街に彼女がいるのは、候補ゆえの下積み的な任務らしい。


「ガレウス」


「はっ」


「繰り返しになりますが、彼らは魔族たちの言っていた魔王ではないのでしょう?」


 クリスティーナは老人に問いかけた。


「まことに残念――もとい喜ばしきことに、そのような反応はございませんな。街に潜入した魔族どもを感知した魔法にも反応しないとは考えにくい。平民レベルでございます。利用価値はありませんな」


 老人――ガレウスはもうこちらへの興味を失ったようだった。

 皮肉交じり。わかりやすい選民思想とでも呼ぶべきか。気分の良いものではないが、警戒されているよりはいい。


「されど並みの人間ということもありますまい。現に魔族を葬っています」


 老人とは異なりベリザリオは未だ警戒を緩めない。

 向けられる態度は気に入らないが、副官と見れば無能ではなさそうだ。好感は覚えないが、評価はしなくもない。

 自分たちへの“脅威”として――


「そうは言いますがベリザリオ卿。あの武器は我々にとっての魔石がなければ使えないと説明を受けたばかりではありませんか。現品も押収しておりますし心配はないでしょう」


 反駁するベリザリオをクリスティーナが窘めた。


 青年の声には明らかな疑念の響きがあったが、部下のそれをこちらに悟られるのを嫌ったのだろう。

 実際、本人たちの前で声に出してしまっては、副官――まつりごとに関わる上では半人前もいいところだ。


「魔族を倒す切っ掛けになりうるものだというのに…! 仕組みも知らなければ、魔石もあれだけしか持っておらぬなど使えぬ者どもだ……!」


「ベリザリオ!」


 厳しい声が上がり、こちらを睨んでいたベリザリオが憮然とした顔で黙って下を向く。

 まったく反省しているようには見えなかった。想定の内だ。


 クリスティーナは溜め息を堪えているようだった。さすがに各々立場があった。


「異世界の御方、魔族が使った召喚術も魔法式がそのままであれば送還の魔法は魔王を倒す以外に存在しないと聞きます。まことに気の毒ですが、かくなる上はこの世界での生活の基盤を整えていただくしかないでしょう」


 遠回しに「魔王倒せないだろ?」と言われたに等しかった。

 もちろん、「倒してこい」と言われても安請け合いするつもりはないが。


「彼らには兵士の適性がある。騎士団とて人手が余っているわけでもなかろう。いっそ雇い入れるというのはどうじゃ?」


 ――冗談じゃないぞ。こんな居丈高なヤツらを上司として仰げだって?


 声にこそ出さないが、将斗以外のメンバーの表情もほぼ同じものになっていた。「ベリザリオの下は御免こうむる」そこだけは声に出さなくともわかる。


「それは軽率だろう、ガレウス。……クリスティーナ様、フランシス国軍程度ならまだしも、このようなみすぼらしい姿の雑兵風情を聖剣騎士団に入れるのは反対です」


 ベリザリオがわざとらしく鼻を鳴らした。

 こういうところで選民意識が出てくるらしい。


 異文化に対する侮蔑の感情か。将斗たちは聞かなかったことにした。

 魔族を倒した武器のことは忘れ、砂漠迷彩デザートパターンの戦闘服を見て、「蛮族の劣った文化の産物」と決めてかかる人間だ。議論を交わしても徒労に終わるに違いない。


「どちらも静粛に」


 クリスティーナの言葉にふたりは黙る。


「我々の事情に巻き込むこと自体、わたくしは気が進みません。……ここは幾ばくかの路銀をお渡しするのが筋というものでしょう。後は申し訳ないがご自身で……」


「クリスティーナ様、聖女候補ともあろう御方が下々にそこまでされるのは――」


「黙りなさい! 公費ではなくわたくし個人の資金から出します! それなら構わないでしょう!」


 今度こそクリスティーナは声と表情に強い不快感を滲ませていた。

 

 自分を含むメンバーの眉が小さく動いた。

 本心からの気遣いをこの世界に来てから初めて受けたかもしれない。


 将斗や仲間たちが不愉快さを表情に出さずに済んでいたのは、常に落ち着きを払う彼女の存在があったからだ。


 無論、日々の業務で理不尽に耐える訓練を長年積んできたのも無関係ではないと思いたい。


「高貴なる御方からの寛大なる処置、深く感謝申し上げます」


 将斗の代わりに栗色の髪の青年が率先して前に出て深々と頭を下げる。実に絵になる所作だった。


 これにはクリスティーナだけでなく、ベリザリオでさえも少しだけ意外そうな表情をしていた。

 どうやらこの世界の貴族にも通じる所作だったらしい。


『このまま終わらせた方がいい。早くここを出るぞ』


 インカムから“少佐”の声。誰も異論はなかった。


「大した協力できず申し訳ありませんが我々も手が足りていないのです……」


 クリスティーナの謝辞を、将斗たちは失礼にならないよう受け入れた。


 ひとまずの“危機”は脱した。あるいは絶妙なまでに空気を読むことに成功したともいえる。


 こうして将斗たちは、に騎士団を追い出された。


 ひと月からふた月ほどの生活ができるだけの金銭に、護身用の剣を渡されるという、この世界の感覚から見れば相当に穏便な形で。


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