#2 最初のお客様

山沿いの大道路。


都会から車で30分程のこの場所は利便性も良くて、ドライブやツーリングなどで人気の場所。ただ、夜は様相が変わる。走り屋達がタイムを競うサーキットになるの。


山道でスピードを競うなんて普通に考えて危険極まり無い。アホよね。なんてったって片側は斜面だし車道を外れれば数メートル下まで落下。さよーならー。命の保証なんて無いもの。


でも走り屋達は、その死と隣合わせのスリルさえ味わっているみたいなの。アドレナリンのせいか、その時は何処か感覚が麻痺しているんじゃ無いかしらね。ドーパミンやアドレナリンが出ると幸福感出て、それが癖になる。麻薬みたいだって言うしね。


特に今夜は雨だから危険度は通常と比べものにならない程高くなるし、きっと感じるスリルも倍増になるだろうから、より一層走り屋達を掻き立てるんでしょうね。


私には理解出来ないけど。ドーパミンとかアドレナリンとか出ないし。死神だから。


「えっと、死神の手帳によると、今夜、交通事故で高校生が死ぬという事ね。若い子ほど生への執着は大きいでしょうから、これは大量の身代わりが期待できそうよね。」


思わずニヤけてしまう。私の評価もこれで鰻登りになるのね!って考えると笑いがこみ上げてくるのよ!!!


あ、「死神の手帳」っていうのは死神達が持つ手帳の事で、予め魂の選別所で分担された死の予定者を、死神が各自でこの手帳に控えるの。死亡予定者の名前を手帳に書き込むと、いつ、どうやって死ぬのかとか、死に関する詳細情報が自動で表示されるの。便利よねーーー。


因みに私は分担を無視して、プロフィールから察してタイプっぽい子を勝手にチョイス。ちょちょいと担当者の名前を書き換えてるの。ホホホ。バレたら同僚とか上司から大目玉だろうけど、安心して!今のところバレて無いわ。


そして、何事も無ければこの手帳の通りに時間になると死亡が確定するんだけど、実はこの情報、ルールによる制限こそあるけど死神は書き換えられるの。


例えば、死の淵に居る家族の身代わりを願う人とか、各自の采配で叶えてあげられるというわけ。ちょっとした人助けよね。私が担当者をこっそり変える事ができるのもこのお陰よ。


でも基本的に他の死神達ってロボットみたいに感情が乏しいから、あんまり活用してるって周りで聞いた事がないのよねー。


と、考えてる間に走り屋集団の中に今夜の獲物を見つけた。


「あぁ、あれね。お仲間さん達も沢山いらっしゃる。これは大人数の身代わりが期待出来そうね。ウフフ。」


丁度今まさにスタートを切ろうとしている車の中に今夜のターゲットが居た。


「後10分ちょっとの命ね。」


私が見守る中ターゲットの車が走り出した。マフラーからは煙の代わりに勢いよく炎を吹き出している。


「「「おぉーーーーーっ!!!」」」


集まっていた観客達から大きな声援が上がっていたから、恐らく観客達へのアピールのため目立ちたくて車を改造したみたい。普通に考えてマフラーから炎なんて、普通に考えたら故障だものね。


この改造は、エンジンや車体が炎上するかもしれないっていうリスクがある訳だけど、わざわざ改造して自らリスクを上げるって、ほんとアホよね。


「命よりも目立つ事の方が大事なのかしら?」


死神である私には、命が人間の中でどの程度のものと考えられているのかよくわからない。ただこれまでの経験上、少なくとも目立つ事よりは重要視されていると思うんだけど。違ったかしら?


ターゲットの車は猛スピードで山道の下り道を駆け抜け、雨の夜にも関わらずマフラーの炎が車の存在を目立たせていた。


まぁ、闇に浮かぶ炎は綺麗ではあるんだけどね。。。


スタートから5分が経った頃、ターゲットの車は猛スピードと雨のためハンドル操作を誤り対向車線へはみ出した。それはちょうどカーブに差し掛かったところで、タイミング悪く対向からやって来たバイクを巻き込んで崖下へ落ちた。


落ちたと思われる辺りでは、マフラーから吐き出されていたと思われる炎が変わらずあかりをともしており、それはまるで真っ暗な夜空にただ一つだけ輝く星のようだった。



「こんばんは。私の名前はセケル。死神よ。」


私は今夜のターゲットに軽く挨拶をした。


「あなたはサッカーユース代表の高校生、篠山ささやまたける君18歳で間違い無いわよね?」


崖下へ落下した車は小さな炎を上げていて暫くすると爆発しそう。そんな車の運転席から這い出て来たターゲットが、私を一瞥した後力なく首を縦に振った。


流石に代表選出される程のスポーツ選手だけあって、傷だらけではあるけど、体は大きく筋肉もしっかりついた体躯をしているのがわかる。


こんな時になんだけど良い体よね。・・・思わず見惚みとれてしまったわ。オホホ。


髪はセミロングで頭からは血を流していて、額から頬まで血を流しているが、顔の造詣くらいは捉えられる。顔は走り屋をする程にはヤンチャそうに見えた。顔だけ見るとスポーツ選手というよりは遊び人という感じかしら?顔はあんまりタイプじゃないわね。私、短髪が好きだし。フフッ。


「あなたの命は残り10分よ。でも助かる方法が一つだけあるわ。あなたの代わりに死ぬ人、つまり身代わりを立てるの。但し条件が三つあるわ。」


 ①身代わりは、あなたより悪人である事

 ②身代わりは、あなたの知り合いである事

 ③身代わり1人につき、伸ばせる寿命は10年まで


条件を伝え終わると、さっきは私を一瞥しただけのターゲットだったけど、申し出の内容には興味を示したらしく、顔をもたげてこちらをジッと見つめるようになった。


こんな状況だから、藁にもすがる思いってとこかしら?


いきなり目の前に現れて自分は死神だ!なんて言われても、私だったら胡散臭くて信じられないけど。。。自分で言うのもなんだけど。


ま、流石に私の姿見て人間だとは思わないわよね。・・・見た目が怖いからとかじゃないわよ!!!私が宙に浮いてるからよ!!!


「詳しく説明するわね。まず、選んだのがあなたより悪人で無かった場合ペナルティがあるわ。と言っても死ぬより酷い事なんて無いし、折角獲得した分の寿命が減ったりはしないわ。ただこの人の寿命の分はカウントされないけど。」


ペナルティっていうのは、要するに善人を殺そうとした罪って事ね。生きてる間に罪を償う事で、本来死後に償う罪を軽減するのよ。例えば、終わる事の無い苦しみが鞭打ちだけで済む、とかね。


え?悪人を殺すのは良いのか?って?良いに決まってるじゃない。悪人はほっといたらまた善人を巻き込むような悪事を犯すんだから。


神の下では善人も悪人も平等とか言うやつがいるけど、そんなのクソ喰らえよね。人間なんて生まれた時から貧富の差があって、そもそも赤ん坊の時から不平等じゃないの!


っていうか、個人的に何の罪も無い人間を騙したり殺したり、そういう人間に対して嫌悪感っていうの?なんだか虫唾が走るのよ。


って、私、覚えて無いだけで過去に何かあったのかしら?



ターゲットは説明を聞きながら軽く頷いた。その様子を見て私は説明を続けた。


「次に知り合い以外が選べない件。私たちの世界にもルールがあって、流石に見ず知らずの人を身代わりにするとかはダメなの。」


流石にその辺を通っている人を指さして、「あの人を身代わりに!」なんていうのは無理っていう事。そんな無差別テロみたいな事を許していたら、死の世界が混乱に陥っちゃうしね。


ターゲットは再び軽く頷き、私は最後のルールについて説明を始めた。これが一番の肝になる部分ね。


「最後に、身代わり1人につき伸ばせる寿命は最大10年よ。その人本来の残りの寿命は手数料として貰うわね。逆に身代わりの寿命が10年に満たない場合は、その年数しかカウントされないの。その場合手数料は特に必要ないわ。」


因みに1人につき10年までしか寿命を伸ばせないというのは嘘よ。より沢山の身代わりを用意して貰うために、手数料と称して上限を設けたの。賢いでしょ?実際には身代わりの寿命分フルに伸ばしてあげられる。


じゃぁ、手数料と称した残りの寿命はどうなるのか?私が自由に出来るキープの寿命になるの。何かのときにタイプの子に色付けたり、それを餌に誘ったりしようと思って。フフフッ。


ただこの寿命、使わずにいると1年程で消えるのよね。


どうやら減った寿命と増えた寿命が合わなくなると、帳尻を合わせようという力が自然と働いてるみたい?どういう仕組みかしら?


私の説明を聞いてターゲットは黙って考えていた。私は更に補足事項を伝え畳み掛けるように彼に発破はっぱをかけた。


「寿命が足りないと思えばいくらでも追加で身代わりを差し出してくれれば良いわ。但しその分善人を選んでペナルティが加算されるリスクも増えるけど。」


私はここまで説明してニッコリ彼に微笑んだ。


「さあ、どうする?あなたに残された時間は僅かよ。早く決断しないと死んじゃうわよ。」


死を間近に感じ恐ろしくなったのか、漸く決断した彼は力の限り声を上げた。


「やる!俺はプロのサッカー選手になるんだ!こんなとこで死んで良い人間じゃない!そんな事なら代わりに死んでも良い奴を差し出す!」


フフフ。私の狙い通りね。人間誰しも、他人より自分が大事よね。そして彼は頭に浮かんだ名前を挙げ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る