菊田くんへ

浦桐 創

菊田くんへ

菊田くんへ



 中学二年生の頃、隣の席になった菊田くんを好きになった。菊田くんは授業中はボーッとしていて漢字が苦手で、消しゴムのカスで練り消しを作っているような、不真面目だけど不良ではない小学生のような男の子だった。

 菊田くんがある日私にクレヨンしんちゃんのソフビのキーホルダーをくれた。ボールチェーンがついたやつ。なんでくれたのかわからないけど、嬉しくて大切に机の中にしまっていた。




 菊田くんはバスケがそんなに上手なわけではないけれどバスケ部だった。バスケ部は先輩方による後輩の可愛がりが酷かった。菊田くんもいじめられて、わざとお腹にボールを投げつけられたりしていたけれど、菊田くんは耐え抜いた。二年生はもう菊田くん以外辞めてしまって誰もいなかったから、三年生の時キャプテンになったね。それでもやっぱり上手くはないし目立たなかった。

 菊田くんは眉がキリッとしいて短髪だった。髪の黒が、他の人より濃かった。だから何となく見た目が似ている気がして、私はスラムダンクの好きなキャラが流川からミッチーに変わった。





 菊田くんにお弁当のウインナーを「ちょうだい」と言われたことがあった。当時中学二年生の私は、好きな人は絶対に周りにバレてはいけないと思っていたし、恥ずかしくて素直にあげられなくて「いやだ」と言ってしまった。それを何日も後悔したの。




 何度目かの席替えで菊田くんは隣の席になった水泳部の女の子ととても仲良くなった。私は離れた席から、お弁当のウインナーのことを、私も菊田くんに何かプレゼントをしなかったことをとてももう一回悔やんだし、好きな人に冷たくして良いことなんて何もないんだと学んだよ。




 もう席は隣ではなかったけれど菊田くんが私のところへ来て、今度は流川と仙道のソフビキーホルダーを見せて「ダブったけどいる?」って聞いてくれたね。今度は「流川めっちゃ好き、ありがとう」と言えた。仙道についてはノーコメントだけど仙道ももらっておいた。




 ミッチーに推し変したことは、なんとなく「こいつ俺のこと好きなんじゃ」ってバレる気がして言わなかった。菊田くんがミッチーに似てると思っていたのは多分私だけなので、そんなことでは絶対にバレないのだけど。




 十何年後くらいに見かけた菊田くんはミッチーだった面影は全然なくて、ぽっちゃりしていたね。でも眉毛はキリッとしていたので、目元は菊田くんだった。それまで他に好きな人が出来てもしょっちゅう思い出すのは菊田くんだったのだけれどね、その後はさっぱり思い出さなくなっちゃった。十何年かけて私も、人の中身を見ないような大人になってしまったみたい。




 スラムダンクの映画が今年またやるっていうから、ふと菊田くんのことを思い出したよ。国語の授業中消しゴムで遊んでいたような君はきっとここを見ることなんてないけれど、あの時のクレヨンしんちゃんと流川と仙道のソフビキーホルダー、どうもありがとうね。元気でね。





(※B-REVIEW12月のお題詩に投稿したもの)




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