怪盗百面相
夏木
怪盗に盗まれた
平凡に見える住宅街。だけど、ここ最近になってから、この付近に怪盗がいると話題になっている。
現れたという話は聞くのだが、何が盗まれたのかまでは知らない。だから警察が調べることもない。
どうも、大切なものを盗まれるらしいのだが、一体何なのだろうか。
☆
「やあ」
仕事を終え、夜道を歩いていたとき、軽い挨拶で目の前に現れたのは、見知らぬ若い男が現れた。
街灯に照らされたその姿は、俺と変わり映えしないスーツ姿。ただ、皺のない真新しいスーツ。細身で肌色もいいし、社会人になりたてだろうか。ずいぶん若そうだ。
仕事以外で、こんな若い人と知り合いになってはいない。
だが、周りに人は誰もいない。
明らかに俺へ向けた声かけである。
人違いだと思って通り過ぎようとしたが、俺の後ろをつくように歩いてくる。
怪しいセールスかなにかだろうか。
「なあなあ、無視しないでよ」
「人違いです」
「いいや。人違いじゃないね。君は僕のターゲットだ」
「は?」
足を止めて振り返ったとき、男は不気味なほどニコニコと笑みを浮かべていた。
コツコツと革靴を踏み込んで俺との距離を詰めていく男は、表情を全く変えない。
残り一メートル。
目の前に男が来て足を止める。
「
俺の個人情報をベラベラと話し、細めていた目が怪しく光らせた。
金色の瞳ににらまれて、思わず身を固くする。
住所まで筒抜けになっているなんて、気味が悪い。
「べらべらと……一体、お前は誰だ? 俺になんの用だ?」
「えっと、僕、有名なんだけど知らない?」
「知らないって……お前みたいなやつは見覚えがない」
「ふぅーん。残念だな。それなら教えてあげるね。僕、こう見えて怪盗やってるんだ」
怪盗?
この男が?
というか何で俺の前に来て、わざわざそれを言う?
俺はこう見えても、警察官。
自らを怪盗と名乗る怪しい人物。捕まえてくださいと言っているようなものだ。間抜けにもほどがある。
怪盗なんて信じていない。今の社会にそんなもの存在するはずがない。
この男、ふざけているのか。
「ふざけているのか。そんな奴存在しない。警察のリストにも上がっていない」
「えー? 僕はちゃんと存在しているのに、信じてないの?」
「当たり前だ。被害が報告されていない以上、警察は動かない。警察には仕事が山ほどあるんだ。いちいち噂に振り回されてたまるか」
怪盗の存在が話題になっていたのは、近所の井戸端会議ではなく、SNSだ。特に若い世代での盛り上がりが著しいと、部下から聞いている。そこで調べてみたが、一切被害や事件について報告は上がっていなかった。ともなれば、俺にできることは他にない。対岸の火事のように、盛り上がりを人づてに聞くだけ。ひと昔前の人間でもある俺は、インターネットやらSNSやらに疎くて、それしかできていない。
それよりも今はもっと大変なことが起きている。
俺たちのトップが行方不明っていう事件が。
事件が事故か。それとも単なるボイコットか。情報がほとんどない状況で、俺は今日も足で情報収集と探索を行ってきたところだ。
もう疲れている。こんな馬鹿を相手にしているほど暇はない。
「それで? 空想上の怪盗がなんで俺の前に? 金なら今はないが。それとも自首希望か? だったらあっちに交番が……」
「違う違う。盗みに来たんだよ」
「は――え?」
理解できずに首をかしげたとき、男の手が伸びてきた。
とっさに躱すことすらできず、一瞬で視界が覆われた時、男が囁く。
「君の顔、いただきます」
☆
人気の無い森の奥に、男の住処がある。かつて別荘として使われていたようで、人が住むには問題ない家だった。この家の持ち主は、もうこの世にいない。それゆえ、男は自由気ままにこの場所を拠点にしている。
この家が建つ場所はうっそうとしており、野生動物が多く暮らす。崖など危険な場所も多く、誰も寄りつかないほど不気味な場所のため、見つかることがなかった。
そんな住処で、男は盗んできた物を手に、鏡の前に立つ。
血まみれの服を気にとめることなく、男は自分の顔へ、盗んだ物を持った手を重ねる。
すると。
「ふふっ。まーたいい顔見つけちゃったナァ」
男の顔は一転、あの路上で出会った琴鷲の顔へと変わった。
「顔の上書き、そろそろ手慣れてきたなー」
にやりと笑う不気味な男。
足下にはいくつもの新聞が落ちていた。そのうちのひとつを手に取って目を落とす。
『奇怪な怪盗現る』
『盗まれた物は顔であると警察発表』
その見出しから始まった記事には、詳細な内容が書かれているものの、男が全てを読むことはない。
見出しだけを読んでから、つまらなさそうに新聞を投げ捨てる。
床に無残に落ちた新聞を踏みつけ、ソファーに座った。
「全く警察も発表遅いよね。そんなんだから、僕に顔を盗られちゃうんだよ。あ、警察のトップの顔も僕が盗ったんだっけ」
再び手を顔にかざすと、顔が幾分か歳のいった男へと変化する。
「これが警察庁長官の顔だったかな? 久しぶりに出勤してみよっかなー。みんなびっくりするだろうなぁ。ふふふ」
慌てる姿を想像しては、まるで子供のようにはしゃぎ始めた。
「さあ、明日も楽しい日になりそうだ」
数多の顔を盗った男は、楽しそうに笑った。
終わり
怪盗百面相 夏木 @0_AR
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