閑話 元人間と盗人-2


 アーデルハイトが捕まえた偽獣人は、偶然にも直前までシナリーが話していた『コボルトコソドロボー』だった。あの、十五年間追いかけっこを続けていた盗人である。

 シナリーは「自分で捕まえたかったぁー」と嘆いていたが、街の犯罪者がひとり減ったのだから良いだろう。

 世話になっているし、手土産に丁度良いと思ったのだが、そうでもなかったようだ。


 そして、偽獣人ではなく偽コボルトだということも判明した。コボルトは犬の特徴を持つ魔族で、獣人よりも獣に近い見た目をしているという。盗みの逃走と目くらましのために、コボルトの変装をしていたのだそう。

 杜撰すぎる変装だと思うのだが、その程度でも騙されるのが魔族ということか。

 彼女の種族は、正しくはプレーリー・フェアリーという。東大陸の草原地帯で暮らしていた種族で、素早い身のこなしと身体の小ささが特徴にあげられる。本人たちいわく、走るよりも穴を掘るほうが得意なのだそう。


「それで、なぜわたくしが連れてこられたのかしら」

「だってぇ。あいつがハイジを連れて来いっていうんだもん」


 アーデルハイトはなぜか、シナリーに連行されて留置所へと赴いている。留置所は常に満杯状態で、中には暴れて捕まれば飯が食える、という理由でわざと暴れる者もいるらしい。治安が悪すぎではなかろうか。


 鉄格子を挟んでふたつの椅子が向かい合っている。促されるままその片側に座り、アーデルハイトはプレーリー・フェアリーの彼女を待っていた。


 扉が開き、小さな女が部屋に入ってくる。シナリーに渡したときは気絶していたし、アーデルハイトも特に傷をつけるような制圧はしていない。というのに、なぜか彼女の顔は傷だらけになっていた。


「わぁー、随分暴れたねぇ? 力も弱いのにそこまで抵抗できるの、すごいね」


 シナリーの言葉に舌打ちで返し、態度悪く椅子にどかりと座った。どかり、といっても身体が小さいため、地面に足がついていない。子どものような体格の女が、身体の大きさに合わない椅子でふんぞり返っているだけ。


 どうやら顔の傷は、目が覚めたあとに暴れてできたものらしい。


「あのさぁ、頼みがあんだけど」

「あら。事情の説明も、わたくしに暴行を加えようとした理由も、それに対する謝罪もないままですか? 頼みごとをする態度は思えませんけれど」


「チッ……あのときはチビたちに何かしようとしてんのかと思って……勘違いして、手ェ出して、悪かったよ」


 謝罪を受け入れます。と返せば、また舌打ちが飛んでくる。

 プレーリー・フェアリーの鳴き声は舌打ちなのだろうか。アーデルハイトが彼女と同じように短気な性格であれば、今ごろ死んでいてもおかしくはない。皇后時代であれば、とっくに首が飛んでいる。


「あたしの名前はメイ。あそこにいたチビたちの名前は、姉がスーで妹がスウィ。まぁ、見分けつかねぇだろうけど。名前はあたしがつけた」

スー七番スウィ八番ね……随分と記号的な名前ね」

「……うるせぇ」


 自分の言葉に軽い既視感を覚えたが、とくに気にせずメイに話の続きを促した。


 彼女たち三人の事情は、おおよそアーデルハイトの想像通りだった。


 スーとスウィは、樹海の中に捨てられていた。泣き喚く赤ん坊の上には、ふたりを守ろうとするかのように母親らしき遺体が覆いかぶさっていたという。

 プレーリー・フェアリーの別名は『悪食小人』。彼らは口に入れられるものなら何でも食べる、とも言われ、食用に適さない魔獣ですらも食べてしまう。

 その日、食糧探しのために樹海に入っていたメイがふたりを見つけ、そのまま連れ帰った。人間を拾ったなどと大声でいうわけにもいかず、こっそり育て始めたのが関係のはじまり。自分の子どもと重なり、メイには双子を捨て置くことができなかった。

 メイの子どもは六人。すべて死んだというが、死んだ理由までは話さなかった。


 スーとスウィ。

 過度な愛情をかけないように。愛着がわいてしまわないように。そう思って、適当な名前をつけたのに、母であるメイは、子を冷たい態度で育てることができなかった。

 

「可愛くて仕方なかった。けど、あの子たちは人間だからさ、あたしとおんなじもんは食えないだろ」

「だから盗みを働いた、と」

「ああ」


 たとえそれが母の愛情ゆえの犯罪だとしても、罪は罪。

 アーデルハイトの愛の証明が、罪であるのと同じこと。そこにあるのが愛情だとしても、許されてはならない。


「十五年も盗みやってたからさ、あたししばらくここ出られねぇんだわ。十五年分の罰金なんか払えねぇし、払えたらそもそも盗みなんかやってねぇ」


 だから、頼む。そう言って、椅子から降りたメイは膝をついて首を垂れた。東大陸の人間がやる、最上級の礼である。


「あたしの労働刑が終わるまで、スーとスウィの面倒を見てやってくれ。この街のやつらは人間ってだけで、あの子たちに暴力を振るおうとする。たしかに魔族を迫害したのは人間だが、それをやったのはあの子たちじゃねぇだろ。スーとスウィにはなんの罪もねぇんだ」


 あの双子は、メイがいなければ生きていくこともままならないだろう。喋ることもできず、力もない。ただ身を潜めていることしか出来なのだから。あのふたりが今まで生きてこられたのは、ひとえに運が良かったのだとしか言いようがない。


 だからといって。


「なぜわたくしがそれを背負わねばならないのです」

「あんた……あんた人間だろ? それも、優しい人間だ。チビたちが人間だってわかっていても、あんたはスーを振り払わなかった。触られたことに嫌な顔もしなかった。あたしのことも傷つけなかった。それに、魔王様の部下なら、あの子たちも安全だ。だから、頼む」


「ふたつ、訂正を。わたくしは元人間ではありますが、現在は人間ではありません。死霊魔族という不可思議な存在になってしまいましたから。それと……わたくしは人間だったときに、数万もの人間を殺してきた大罪人です。子どもの世話を引き受けるような慈悲はもっておりません」


 殺す必要がなかったから、殺さなかった。それだけ。国の利益にならない殺生はしないが、国の害になるのなら、アーデルハイトは迷いなく殺す。己の手を血に染めることも厭わぬ。そういう女だ。


「あんたは優しい……あたしは母親だから、そういうのわかるんだ。どうか、頼む。お願いします」

「……わたくしは国のために生きる女です。国のためとあらば、人の命も奪うし、人の尊厳も踏みにじる。地獄に落ちることさえ許されなかった、慈悲のかけらもない女です。わたくしが彼女たちを手元に置くときは、それは駒として扱うとき。いずれわたくしは、彼女たちの命を吸い取るでしょう」


 顔を上げて真っすぐこちらを見るメイの目は、強い意志を持つ者の目をしていた。罪を償うことを決めた者の目、ともいう。


「それを了承いただけるのなら、すぐにとは言いませんが、ふたりをわたくしの保護下に置けるよう動きます」

「ほら、な、あんたは優しいって言ったろ」


 メイは知らぬだけ。アーデルハイトがなにをしてきたか、アーデルハイトがどれだけ非情か。メイは知らぬだけ。

 ただのか弱いだけの少女であれば、アーデルハイトが頷くことはなかった。しかし、彼女たちは使える存在だ。まだ齢も十五。それならば、教育も十分間に合うだろう。


 そうしてアーデルハイトは、双子の『面倒を見る』約束をしたのだった。



 プレーリー・フェアリーのメイはこれから、七年間の労働刑に従事する。家族や友人が残りの罰金を支払えば、早めに釈放されることもある。

 それから数か月後、スーとスウィのふたりはノアの後輩としてアーデルハイトの配下に入る。喋ることもせず、存在感のない彼女たちは同僚でさえ、ときおり姿を見失うという。


 目立つことはない。派手な功績をあげることもない。けれど、しんしんと降り積もる雪のように、彼女たちは諜報員として功績を積み重ねていく。

 

 愛情深く育てられた彼女たちは、憎しみを知り、恩を知り、そして愛を知っている。アーデルハイトの静かなる影として、裏切ることもないだろう。


 アーデルハイトが知らぬ間に、忠誠を胸に死んでいったメルダースの影たちのように。



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