『生徒』と『先生』の新しい関係を求めよ②

 『魔導師』とは『魔物』と戦うための存在である。

 空を飛び、己の魔力を魔法制御端末マギアを通して魔法へと変えて、秩序を維持し、人を守る。

 それが魔導師に求められることであり、魔導師の全てだ。


 では『魔物』とは何なのか。

 これはざっくりというならば『生存本能を持たない生命』という定義づけがされている。


 すべての生物は子孫、または同種を増やすことを遺伝子に植え付けられた絶対原則とする。

 けれど『魔物』はその絶対原則に当てはまらない。


 人間の感情の淀み、あるいは魔族の魔法、さらには魔王の権能、そうしたものから生まれた魔物は全ての人間を憎んでいる。

 故に魔物は人命を奪い、人間社会そのものを破壊する。


 そして、そんな魔物を支配し、魔族を率いて人類すべてに戦争を挑んだのが『魔王』。

 5年前に終わった、人魔大戦のすべての元凶である。


 まあ、魔王がいない今は魔物なんて本能に従って暴れるだけだから、こうして学生たちが腕試しに狩れたりもできるんだけども。


加速アクセル―――切断スラッシュ!」


 魔物の脇を桃色の疾風が駆け抜けた。


魔方陣展開バレルオープン


 桃色の風―――空を飛ぶエルシアは、大きなトカゲのような魔物の腹を切り裂くと、魔物が反撃をしてくる前に空へと逃げる。

 そして空中で手にした武器を剣から銃へと変形させた。

 魔物と距離を取った彼女は空で銃型の魔法制御端末マギアを構え、銃口の前に桃色の魔方陣を展開する。


「―――衝撃ブレイク!」


 エルシアが引き金を引くと、起動句トリガーワードに従って魔力の弾丸が射出、五メートほど離れたところにいる小竜型の魔物グレイドラゴンの腹に突き刺さる。


「ギュアアアッ!」


「一清掃射!」


 叫び声をあげる魔物をその場にとどめるように、空から数人による魔法の連打が叩き込まれる。

 絶え間ない攻撃魔法にドラゴンの灰色の鱗の一部が弾けて飛んでいく。


「―――ア、アアアアッ!」


 だが中級の魔物ともなれば、その程度で怯むことなどない。

 瞬時に口の中に溜めた魔力を炎へと変えて、空でうるさく飛び回る魔導師たちを撃ち落とそうとする。


「エルシア先輩! 防御お願いします!」


「まっかせてー! 防御シールド!」


 エルシアが手をかざすと桃色の魔方陣が空中に現れ小竜の炎のブレスを危なげなく防いで見せる。

 そしてその隙にエルシアの背後にいた生徒たちは飛行魔法でグレイドラゴンの後ろに回り込むと魔法の連射を叩き込んだ。


「よし、いい感じだよしーちゃん!」


「……ん。記録・要射角調整。魔方陣展開に若干のラグ。

 エルシア、次は長距離射撃モードに変形させた後、みんなと編隊で射撃をして」


「へ、変態っ! ど、どうしたら!? 服とか脱ぐの!?」


「変態じゃない編隊」


「変態じゃない変態? 急に哲学者にならないでほしい!」 


 おー、おもしろいマギアだな。数での制圧を目的とした連射型の端末か。

 近接にも対応できるみたいだし、あそこまでのもんはその道のプロでもなかなか作れないぞ。


「……すごいですね。あのグレイドラゴンにここまでやれるなんて」


「そうなのか?」


「ええ。中級とはいえ仮にもドラゴンです。種族に共通する魔力を弾く鱗も当然持ってますし、特にあのグレイドラゴンは攻撃性が強いんです。口からのブレスも生半な魔力障壁なら構成を阻害させる性質をあります。

 数年前の報告では群れとなったグレイドラゴン数体が魔導師中隊を壊滅させた、なんてものもあったはずです。いまでこそありふれた魔物の一体になっていますが、甘く見ていい魔物ではないはずです」


「セレナ君はよく知ってんなァ」


 よくそんな知識がスラスラ出てくるもんだ。


「他の魔物のこととかも覚えてるのか?」


「まあ、一応図書館にある『指定魔物災害リスト』の内容くらいは」


「え、それってあの世界中の魔物についてだらだら書いてあるあのくっそ分厚いアレ? え、覚えてんの? すげえな」


「べつに、普通です。覚えるだけですしこのくらい誰にでもできますよ」


 空を飛び、魔物を制圧する一団を見てセレナが手元の書類に何やら書き込んでいる。

 おそらく学長のユフィに提出する報告書ってところだろう。別に求められてもいないのに真面目だなぁ。


「彼ら、一体とは言え中級のグレイドラゴンを一方的にボコってるけど、学園都市アウロラの生徒はみんなあれくらいやるもんなの?」


「まさか。優秀なのはあのマギアだと思います。まだ認可も取っていない試作品だと見ます」


「あー、確かに。中級って言ったら普通はプロの魔導師が四人がかりで倒すもんだしな。

 彼らの魔法も別に高位ってわけでもないのに火力が高いもんな」


 俺の言葉にセレナが少し驚いたように目を開いた。


「先生、魔導師じゃないのに魔法のことはわかるんですね」


「おいおい、俺いちおう教師だぜ? そのくらいわからないのはまずいって」


「確かに。すみません、普段から屋上で煙草をふかしているような悪徳教師っぷりが印象に残りすぎていたので」


「いやな、セレナ君。この前も言ったけど喫煙は大人にとっての気力回復でな……」


「学園内には無数の生徒がおり皆未成年です。

 煙草は喫煙者が吸い込む主流煙より副流煙の方が害は大きいとされており、それを生徒が吸い込んだ場合の被害は言うに及びませんし、そもそも学園内は禁煙です。

 何か言いたいことはありますか?」


「何もないです……」


 ボコボコなんだわ。


 ならいいです、と締めくくったセレナは目を伏せて手を動かしている。


 俺に手伝えることは……ないか。まあ大人しく戦闘でも眺めておこう。


 うーん、やっぱり大したもんだな。中級の魔物相手に怪我一つない。

 みんな当たり前みたいに空飛ぶから、魔物相手に危なげなく立ち回れるのがデカいな。


 中でもエルシアが割といい動きをする。あれは魔法ナシでもまあまあ動けるやつの動きだ。


「けど魔法の展開がちっと遅いのがもったいないな。それを補うためにマギアには何か仕掛けがあるみたいだが」


「……ん、よくわかったね。この距離で見てそこまで見抜くなんて」


「うおぅっ!? 誰っ!?」


 俺の独り言にも似た呟きが、いつの間にか隣に来ていた少女に拾い上げられる。


「……って、シア・イグナス君か。もう、魔物の方はいいの?」


「もう取りたいデータは取れたから。それにもう終わったよ」


「終わったって……」


 確かに魔物はだいぶ弱ってるけど、エルシアたちの魔法じゃあともうちょいはかかりそうだけど。


「ん……終わった。それで正しい」


 す、とシアが指で銃の形を作り魔物に向けて指を向けた。


「―――魔方陣展開バレルオープン七重セプタ


 シアの手首のマギアが光る。それと同時に彼女の背後に七つの魔方陣の砲門が出現する。


砲撃シュート


 シアの言葉と共に七つの魔方陣が吠える。

 発動したのは初級の砲撃魔法、けれどそれが七つ重なった故に威力は絶大。

 七つの緑の奔流は一つの束となり、今まさにエルシアが肉薄しようとしていた魔物の胸部を貫通して、沈黙させた。


 うっそだろ……この距離で……? 

 こんな威力の砲撃、王都の本職の魔導師でもなかなかお目にかかれないぞ。


「ん。終わり」


「最初から君が一人でやればよかったんじゃないの……」


「別に魔物を倒したかったわけじゃないから。私が欲しかったのはマギアの運用データ」


「倒すのなんかいつでもできたってか」


「ん」


 まるで今の魔法なんてなんてことないと言うかのように淡々と答えるシア。


「すごいな、君は」


「……私からすれば、貴方の方が面白い」


 俺? 


「エルシアの使う魔法制御端末マギアの特性をすぐに見抜いた。なんで?」


「あー……、なんとなくというか」


「なんとなく。言葉にできない感覚的な部分ってこと? ふうん」


 じっと俺を見上げるように俺を見つめるシアは、ずいっとさらに一歩俺に近寄ってくる。


「貴方、たしかエルビスの教師。よければ私の研究室に―――」


「……コ、コホン」


 小さく聞こえた咳払いの声が、シアと俺の視線を集めた。


「シア・イグナスさん、魔物を倒した後はしっかり事後処理までしていただきたいのですが」


「……もしかして、先生にちょっかいをかけたのが面白くなかった?」


「べつに、私はそんなだらしない人のことなんか気にしてません」


 静かな言葉に、ふぅんとシアが言葉を漏らす―――うおっ、なんか急に腕に抱き着かれた。

 ふわりとミントのような爽やかな香りと、腕から伝わる人肌の温さ。

 なんかちっちゃい犬を抱っこした時みたいな安らぎを感じる。


「じゃあこういうことをしても?」


「べつに。ただ風紀委員会に通報します。いえ、この場合は先生を取り締まるために職員室ですね」


「何故か俺が取り締まられている!?」


 俺は突然抱き着かれた側であって罪はないはずなんだが。


「先生のような人が女子生徒と触れ合ってること自体が罪です」


「ひでえ……」


「ん。なるほど、記録・教師アドレー・ウルは存在が罪」


「要約の仕方が最悪すぎんだよな。あと何してんの」


「ん、私は自分のマギアに音声データを残すのが日課。だからこうして残してる。

 追記・セレナ・ステラレインはアドレーに対しツンデレ」


「私が先生に好意を持っているような前提で話すことはやめてください。絶対にありえませんから。絶対に」


「強調されて俺泣いちゃいそう」


 だがそんな俺のことなど気にせず、シアは手首のブレスレット型のマギアに音声データを吹き込むと、満足したように小さく頷いて、セレナに背を向ける。


「魔物の処理はエルシアに任せることになってるから。私は帰る」


 淡々と、来た時のようなマイペースさで彼女はそう言い、去り際に何かを思い出したかのように振り返る


「……ちゃんと攻撃魔法使えるようになった?」


「―――っ」


「ん。その態度ならまだみたい。じゃあ」


 とん、とシアが軽く踏み込むと空へと浮かび、学園都市の方へと飛んでいく。

 本当にエルシアにすべてを任せて帰ったらしい。


「……ほんとうに、わからない人」


 もう見えないシアの方を見て、セレナがぽつりつ呟いた。


 ……どうしよ、めっちゃシア・イグナスのこと聞きたい。

 先ほどのセレナとシアの態度を見るにどう見ても顔見知りだった。しかもまあまあめんどい因縁がある感じの。


 学園都市は自由が売りだから、希望すれば他校の授業を受けたりもできるし、別に他校の生徒と顔見知りなのがおかしいとは言わない。


 言わないんだけど……あれは、何か色々あるよなぁ。やっぱ俺の考えてる通りなのかなぁ。


 セレナに直接聞いていいものか。


「……先生、言いたいことがあるなら言ってください。さっきから私の顔をちらちら見過ぎです」


 バレてるし。


 死んだ魔物を片付けているエルシアたちは……しばらくはかかりそうだ。

 なら、まあいいか。聞いてくださいって言ってのはセレナなんだし、遠慮なく聞かせてもらおう。


「シア・イグナス。彼女なんだろ、セレナ君に勝った連合生徒会の元役員っていうのは」

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