腐れ縁エルフとの適切な距離を求めよ①
人生で一番楽しかった時はいつだろうか。
そんなありふれた質問に、俺は恐らく『学生時代』と答えることだろう。
競い合うライバルがいて、頼りになる仲間がいて、尊敬できる先生がいた。
考査前にあわてて教科書丸暗記して、時間見つけはみんなで遊びに行って、魔法を作ろうなんて額突き合わせて、夜に抜け出して花火を見に行った。
どれもいい思い出だ。ずっと俺の中で輝いている。
でも思い出は思い出だ。過去は過去だ。もう戻ることはできない。
いつの間にか俺は学生時代をすべて過去にしてしまうくらいには年齢を重ねて、そして、しみったれた大人になってしまった。
……そう、大人になっちゃったんだよな。
学生時代、楽しかったなあ。
「こんな形で学園都市に帰ってくるとはなぁ」
昼休み。誰もいない学院の屋上。そこでヤニに火をつける俺。
うーん、ロクでなしのお手本だな。
「あー、煙うめえ」
学院の教師になってからしばらく。
覚えることは山ほどで、こんな場所で自分が何ができるかわからないが、それでもヒーヒー言いながら「先生」というやつをやっている。
今のところは……まあ、それほど問題はない気がする。
授業も今のところは魔法とは関係ない教養科目を教えてるだけなので、これなら、まあ一応なんとかなる。
「喫煙室がないのだけが困りどころかな」
学院にいるのは煙草も飲酒もできない子どもがほとんどなので当たり前なのだが、なんと驚くべきことに同僚の先生方にも一人も喫煙者がいなかった。
なので、こうして体が煙を欲したらこそこそ誰にも見えないところに来て吸うしかないのである。
「おー、おー、本当に好き勝手書いてるな」
煙を燻らせながら、報道委員会の学園都市新聞をぼんやりと目を通す。
そこには『孤高の連合生徒会長! 新任教師との秘された関係!』とデカデカと書かれた見出しに、なにやらだらだらとした文がつづられている。
正直、まだ顔も知らない生徒たちにこの新聞で描かれた『アドレー・ウル』とかいう男が知られるのは釈然としないもいもあるが、セレナが言うには「先日来た報道委員の記事は九割適当に書いてると有名なので信じる人なんていませんよ」とのことなので、あんまり気にしても仕方ないのかもしれない。
「孤高の生徒会長、か」
それがダレのことを指すかくらいには、この学校にも馴染んじまったな。
屋上の手すりに背中を預け、じんわりとたまっているストレスを煙で和らげる。
ネクタイも緩めているのでたまに吹く風が首をくすぐって爽やかで気持ちがいい。
こんなところ生徒に見られたらシャレにならんなあ。
ただでさえ、変な時期に赴任してきたから打ち解けられてないのに、こんなところ見られたら、それこそ悪い噂が立って近づいてくれる子がいなくなってしまいそうだ。
「まあ、こんな時間に一人で屋上に来る奴なんていないだろうけどさ」
「……でしたら残念でしたね、先生。残念ながらばっちり見てしまいました」
ぴしゃり、と鋭くも凛とした声が空から降って来た。
……やっべ、この声はもしかして。
声のした方を見上げると、青い空に良く映える白のブレザーが目に映る。
続いて、胸元まできっちりボタンを閉めたブラウスと、これまたきっちり結ばれた青のネクタイ。
吹いた風が彼女の金糸のような髪を攫い、やわらかくなびかせた。
「あー……セレナ君奇遇だね。なんでこんなところに」
慌てて立ちあがり灰皿で煙草の火を消す……が、ちょっとばかし遅かったらしい。
彼女はすとん、と俺の前に降り立ち、杖型の
そして、じとーっと俺の携帯灰皿を握る手と、煙草の入った胸ポケットを見つめる。
「生徒会室からの帰りだったのですが、屋上で悪徳教師がいる目印を見つけたので」
「悪徳教師って、もしかして俺?」
「心当たりがないのでしたらもしかしたら違うのかもしれませんね。
私の目には、昼休みに喫煙している方が見えたのですが」
「あは、あははー……とんだ悪徳教師がいたもんですねー……」
セレナ・ステラレイン君はまだ俺の方を睨んでいる。
「……学長に悪徳教師のことについて報告しておきましょうか」
「マジすみませんそれは勘弁してください。俺が悪かったです。以後気を付けます」
赴任早々注意を受けるのは遠慮したい。
今のところは一応うまくやれてるのだ。……たぶん。
「この人に私の弱いところを見られたとか……さいあく……」
ん?
「セレナ、何か言った?」
「いいえ何も。貴方がまったく教師らしくない方だと言っただけです」
何も言って無くないじゃん……。
「ですが、先生と会えたのは都合がよかったです。どちらにしろ探しに行こうと思っていたので」
「俺を? なんで?」
「ユフィール学長からの呼び出しです。正確には、私と先生が、ですけど」
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