拾った美少女が「貴方が嫌いです」ってツンツンしながら世話焼いてくる
世嗣
雨の日に拾われた少女の気持ちを求めよ
雨は厄介ごとを運んでくる。
「参ったな、ほんとに降ってきたな」
家を出た時から天気が崩れそうだとは思っていたが、まさか買い物途中に狙いすましたように降るとは。
「一応傘持ってきててよかったな。流石に濡れ鼠で帰るのは御免こうむりたい」
眼鏡の位置を正し、食料品の入った紙袋を持ち直すと傘をさして帰路に就く。
強い雨は地面を濡らし、踏み出す足がぴしゃりと水たまりを弾いて足を濡らした。
水の冷たさと心地悪さに顔が歪みそうになるが、こればかりは仕方ない。雨なのでからこれくらいは我慢しなきゃな。
「にしても、ひどい天気だ」
こういう時はよくないことが起こる。いままでの経験的に。
だから俺は雨自体は嫌いではないが、こういう『雨の日』は苦手なのだ。いらん厄介をしょい込むことになるので。
うむ、やっぱ何かに巡り合わないうちにさっさと帰るに限るな。
ぼんぼんと傘に跳ねる雨音を聞きながら、足早に家へと向かう。
日が沈んでからそれなりの時間が経っているのもあってか、道に人通りもほとんどない。
すれ違うものと言えばどれも大したことのないものばかり。
電灯、電灯、掲示板、ゴミ箱、電灯、地面に座って膝を抱えてる女生徒、電灯、電灯。
実に代わり映えのしない……ん?
「待て、なんかいまなんか変なの混じってなかったか?」
見間違えかな……越してきたばっかりで疲れてるからな……。
……。ちらっ。
「……見間違えじゃなかったかぁ~」
地面を叩く雨に紛れるように、道の隅に膝を抱えてじっとしている女の子がいた。
着ている制服は……おっと、かなりのいいとこだな。ここらじゃ知らない奴はいないだろう。
彼女は随分長い間そうしていたのか、服も髪もすっかり濡れてしまっている。
まるで捨てられた猫みたいに、びしょぬれで、ひとりぼっち。
……あー、ったく。
「嬢ちゃん、こんなところで座り込んでると風邪ひくよ」
傘を傾けて彼女の体を打つ雨をいくらか防いでやる。
だが、彼女は俺の方を見ることはなく、ただ何かに耐えるように、かたくなに膝を抱えたままだった。
ううん、困ったな。
「雨で帰れなくなったのか? 傘無いなら貸そうか?」
傘をさしたまましゃがんで目線を合わせようとして見るが、目の前の少女は俯いたまま。目線なんてとてもじゃないが合わないし、返事すらない。
「何かここに座ってなきゃいけない理由がある……って訳でもなさそうだけど。何かあったのか?」
返事はない。
「ここら辺は暗いし、人通りも少ない。いくらこの学園都市の治安がいいからって、こんな時間の一人歩きもいただけないな。」
返事はない。
「もしかして……帰りたくない?」
ぴくり、とうつむく彼女の肩が揺れた。
「なんで、って聞いてもいいかな?」
「……べつに、あなたには関係ないです」
初めて返事があった。
それは強い拒絶の言葉だったけれど、鈴の音が鳴るように澄んでいて、それでいてとてもか細い。
このままにしておいたら壊れてしまいそうな、そんな頼りない声だった。
「まあ確かに関係ない。でも君もずっとこのままでいるわけにもいかないだろう。このままだと君は風邪をひいてしまうよ」
「……べつに、いいんです。私がどうなろうと、心配してくれる人なんていませんし」
「随分ひねてるな。思春期の男子でももっと素直なヒネかたするぞ」
「よけいなお世話です」
ぷいっと彼女は俺をさらに強く拒絶するように、うつむいていた顔をそっぽに向ける。
子どもらしい仕草ではあるが、ほんとに頑固だなこの子。
俺がどうしたものかとほとほと困って、ずれていた眼鏡を指で押し上げようとすると、彼女がぽつりと言葉を溢した。
「私だって、どうしたらいいかわからないんです。このままここにいても仕方ないって。
でも、帰ることも、今の私にはできないんです」
そこで初めて彼女が顔を上げて俺を見た。
長い金髪は乱れ、雨を吸ってすっかり重くなり、まるでカーテンのように彼女の目を隠している。
「それとも、貴方なら教えてくれるんですか。こんな私の……小娘の体でもできることを」
自分の体を見下ろして、自嘲気味に吐き捨てられた言葉。
まるで「良くないことが起こること」を望むような、そんな投げやりな態度だった。
「冗談でもそういうこと言うのはよくないぞ。特に嬢ちゃんみたいな年頃の女の子はな」
ふ、と彼女は笑う。
「なら放っておいてください。どうせ他人なんですから」
他人。
そうだな、その通りだ。俺はただの通りすがりで、この子は今初めて会った女の子。
俺が世話を焼く必要なんてない。そもそも、相手が望んでないことを押し付けて何になる。
結局、俺の自己満足だ。
眼鏡の位置を正す。荷物を持ち直し立ち上がる。そして、彼女のことを忘れ家に帰ろう。
そう思った。思っていた。
けれど、全てを実行に移す前に、不意に彼女の雨に濡れた髪がずれて今まで隠れていた瞳が覗いた。
綺麗な目だった。この雨に不釣り合いなほどに清く澄んだ青い瞳。
まるで凪いだ海のように、深く、静かな瞳。
その瞳があまりにも綺麗だったから、思わずこの子がこのまま雨に濡れて濁ってしまうことをもったいないと思ってしまった。
「はあぁぁぁー、ほんとにさぁ」
溜息を吐いて、空を睨む。
ホントに『雨の日』はロクなことがない。
でも、仕方ないか。仕方ないな。これもめぐりあわせだ。
上着を脱いで、瞳のキレイな少女にかけてやると、少し笑む。
「君、行くとこないならウチ来るか?」
「……いいん、ですか」
……どうやら、決まりらしいな。
その日、雨は俺にずぶぬれの女の子を持って来た。
まあ、どちらかというと俺が落ちてたのを拾ったのかもしれなかったが。
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