第41話 異世界転生した警察官

「綺麗だな~・・・」


パトカーの運転席。


その座席に腰かけながら、本田がつぶやいた。


車内の窓の向こうには、街の中に顔を出す夕日が見える。


「あっ!イケメンおまわりさん、こんばんわ!」


助手席の窓の隙間から、中を覗き込むように女子高生が話しかけてきた。


「あぁ、こんばんわ。って・・・、その呼び方はやめてくれって言っただろう」


本田が呆れた顔で頭を掻く。


女子高生が通っている高校の近くで不審者が目撃されて一週間。


上司から巡回パトロールを命じられ、本田はいつも通り業務にあたっていた。


馴れ馴れしくも可愛らしい女子高生は一週間前に本田と出会い、

それからというもの、少女は本田を見かけるたびに声をかけるのだった。


「ねぇねぇ、さっき怪しい女の人を見かけたんだけど、

ちょっと一緒に来てもらっていい?」


女子高生が本田に向かって手招きした。


モデルのような体型をしたその女子高生の髪色は金色であり、

両耳には赤い薔薇のピアスがぶらさがっている。


若手女優だと言われてもおかしくはない端正なビジュアルは、

誰もが見惚れるほどの美人といった感じだ。


「怪しい女の人・・・?それって、この近くか?」


本田が女子高生に尋ねた。


もしかしたら、警察が警戒している不審者かもしれない。


危険はないと思いつつ、本田の手が汗ばんでいく。


「近くても遠くても、君の頼みならどこでも行くよ、綾香。

くらい言ってくれてもいいんじゃない?」


パトカーに背を向け、綾香が不満を漏らした。


「そんなこと・・・、彼氏じゃあるまいし・・・」


本田がため息交じりに頭を抱えた。


25歳である自分が17歳の女子高生に恋心を抱くはずがない、

そう本田は思っていた。


「今は恋人じゃなくても、そのうち、そういう関係になるよ」


困惑する警察官に対して、綾香が冗談っぽく笑った。


本田は深いため息をつき、

ゆっくりとパトカーをガードレール側に寄せて停車させた。


道がそれほど狭くないということもあり、これだと他の車の邪魔にならない、

そう本田は思った。


パトカーから降り、本田が綾香に歩み寄る。


「不審者を見たところまで案内してくれ」


「わかった。ついてきて」


綾香が先導する形で本田が彼女の後ろをついていく。


そこから10分ほど歩き、二人は誰もいない林の中へと入っていった。


地面には草が生い茂っていて、道らしい道は見えない。


本田が空を見上げるも、周囲に生えている木が邪魔をしていて

視界を遮っているようだった。


「おいおい、どこまで行くつもりだ?」


本田が目の前にいる女子高生の肩をつかみ尋ねた。


綾香がピタリと立ち止まり、本田の方へと振り返る。


「・・・・・嘘をついてごめんなさい。

・・・・私、あなたと二人きりになりたかったの」


綾香が声を震わせ言った。


不審者を見たというのが嘘だと分かり、本田は胸を撫で下ろす。


もし本当にいたとしたら、自分一人では対処しようがない。


もう一人の警察官が急病で休んでいる今、不審者に出くわしても困るだけだと

本田は思った。


「話があるなら、パトカーの中で聞く。さっきの場所に戻るぞ」


本田が綾香の手をつかんだ、その時、

少女が警察官の唇にキスをしようと顔を近付ける。


「っ・・・・」


咄嗟に本田が顔を横に背け、つぶやく。


「何かが、おかしい…」


時間が止まったように、本田の体が硬直する。


目の前の少女に違和感を覚え、男の脈が速くなっていく。


綾香が手に持っていた学生カバンを下に落とし、

本田の腰に手を回す形で彼に抱きついた。


はっと我に返った本田が頭を横に振り、口を開く。


「俺は、君の気持ちに応えられない」


「・・・・・私が未成年だから?」


「ちがう…」


「じゃあ何?私のこと…、好きじゃないの?」


綾香が無理やり本田の唇にキスをしようとした、その時。


「やめて!!!!」


老婆の声。


本田の視線の先、ボロボロの布きれのような服を着た一人の老婆が立っていた。


老婆の手には小型のナイフが握られており、その手は小刻みに震えていた。


綾香が老婆の方へと振り向き

「あの人…!不審者がいたって本当だったんだ!

早く、早く捕まえないと!本田さん!はやくっ…、今すぐあの女を捕まえて!」

と声を荒げた。


「…ちょっと待て」


そう言って本田が老婆の方へと歩み寄り、彼女の瞳をじっと見つめる。


老婆が瞳を潤ませ、本田の目を見つめかえした。


老婆の真っ直ぐ見つめる瞳からは、溢れんばかりの涙が流れていく。


その瞬間、本田は勇者であった頃の記憶を思い出す。


不安と恐怖に怯えている目の前の女性。


その不安な気持ちに負けないよう、

自分を奮い立たせる老婆の姿を見て、本田がつぶやく。


「綾香…もう大丈夫だ」


そう言って、本田は老婆の腕を優しく掴み、彼女の手からナイフを取った。


そのまま、手に持ったナイフを綾香の姿をした女の方に向け、本田が言う。


「あんたは綾香の体を奪った黒魔術師か何かだろう?

俺にはわかる。お前は綾香じゃない。お前の本当の姿は老婆だ」


本田の発言に、綾香の姿をした老婆が口を大きく開け笑う。


「ひゃはははははは!!お前の言う通り、私の本当の姿はそこにいる老婆だよ。

悲しい事にこっちの世界では老いに逆らう事はできやしない」


「その薔薇のピアス…、私…、見たことがある…。

赤い髪の…、だめ…思い出せない」


老婆の姿をした綾香が目の前にいる女子高生の耳にぶら下がった薔薇のピアスを指差し言った。


「赤い髪?あんた…、もしかして…」


本田が声を震わせ言った。


その声に応える様に女子高生が口を開く。


「あっちの世界で私はキッドと呼ばれていた。

黒崎という男に体を入れ替えられた哀れな女…。私の本当の名はフレアという名でね…、黒魔術という大きな力を持っていたんだ。その力を使って、こうやって姿だけじゃなく記憶までコピーしたのに、この様だよ。哀れったらありゃしない」


「フレア…?」


聞き覚えのある名前に綾香が眉をひそめる。


異世界での記憶がはっきりしていない女性を見て、綾香の姿をした老婆が鼻で笑う。


「あんたは幸せ者だよ。大抵の男は外見だけで女の中身なんて見やしないんだから…。しかし、あれだねぇ、あんた達にはいろいろ学ばせてもらったよ。

私は偽りの若い女じゃなく、老婆として人生を送るべきだってことがよくわかったからねぇ…」


「フレア…、あんたも…転生者だったのか?」


本田が老婆に訊ねた。


老婆が静かに頷き、目を閉じ呪文を唱え始める。


綾香と老婆。


お互いの魂が元の身体に戻ったのだろう、綾香が瞼を開き言う。


「…本田さん、私…、元に戻った…」


「綾香…、よかった…」


ほっとした顔で肩を撫で下ろす本田を見て、綾香が口を開く。


「本田さん、私ね…。ずっと言いたい事があったの…。

私…、あなたの事が…」


本田が綾香に歩み寄り、彼女の震える体を優しく抱き締める。


「好きだ」


本田が言った。


お互いの気持ちを確かめ合う様に、

そのまま、二人は見つめ合いキスを交わした。


老婆はどこかに行ったのだろう、その姿はもうどこにもない。


「あ…、元に戻ってる…」


綾香が耳のピアスを触りながら言った。


老婆の魔法が解けたからなのだろう、綾香が身に着けていた薔薇のピアスは元のシルバーのピアスに変わっていた。


「そうだ。他のみんなは、どうなったんだ?」


本田の言葉に綾香が不思議そうな顔で訊ねる。


「他のみんなって誰のこと?さっきは黒魔術師とかなんとか言ってたし…。本田さん、何か知っていることがあるなら、ちゃんと言って。じゃないと私、どうしていいかわからないよ…」


「それは…」


本田がぐっと言葉を飲み込み、綾香の肩に手を置いた。


「…後で全部話す。今は山本春と白木…、黒崎がどうなったのか、

一刻も早く、それを知る必要がある」


本田と綾香が10分以上かけパトカーの場所に戻った時には、

もう夕日が沈みかけていた。


本田が一人、パトカーの運転席に座り、

そのまま黒崎がいるであろう空き地に向かおうとエンジンをかけた、その時。


バン!!!!!


衝撃音が辺り一帯に鳴り響いた。


「本田さん!?」


青ざめた顔で空き地へと車を走らせる本田を見て、綾香が驚く。


パトカーで1人、空地へ向かう道中、

誰かが事故に巻き込まれる運命は変えられないのかもしれない、

そう本田は思った。


それでも、誰も命を落としていないことを願い、

本田は現場へと向かうのだった。

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