第10話 吊り橋

さっきまで晴れていた空が、

嘘のようにどんよりと曇っていく。


びゅうびゅうと冷たい風が吹く中、

セレナが切迫した表情でもと来た道を戻っていく。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」


セレナは走っては休み、走っては休みを繰り返しながら、一歩また一歩と

足を前へ前へと動かしていった。


心臓の鼓動が早くなり、体中の筋肉が悲鳴をあげようとも、

セレナの意思は固く、勇者達の元へ戻る素振りを見せない。


生い茂った草をかき分けた先、長いつり橋がある場所へ出た。


木で作られたつり橋が、ぎいぎいと音を立てながら、

強い風にあおられていく。


つり橋の下には川が流れており、

それは先程よりも勢いが増しているように見えた。


「また・・・、ここを渡らないといけない・・・。

キッドさんに支えてもらうことも出来ないし・・・、

私1人で渡るしか・・・」


うんこがいる崖に向かう為には、ここを通るしかないという事を

セレナは理解した上で大きく深呼吸する。


ぎい、ぎい、ぎい、ぎい・・・・。


セレナがつり橋を渡る度に、足元の木の板が悲鳴を上げ、

セレナの足元がガタガタと振動する。


「大丈夫・・・。ゆっくり・・・・落ち着いて・・・・」


白髪の女性が自分に言い聞かせるようにつぶやく。


足元にある板の隙間から、濁った水の波が見え隠れし、

セレナは思わずしゃがみこんだ。


つり橋から水面まで、高さはそれほど高くはない。

それでも、ここから落ちてしまったら、助からないだろうとセレナは思う。


「大丈夫か?」

「!!!」


背後から聞こえた男の声に、セレナの体が硬直する。


ぎし、ぎしと、足音を鳴らしながら勇者がセレナの方へ歩み寄り、

セレナのすぐそばでピタリと足を止めた。


「セレナ・・・、君はこんな危ない所で一体、何をしているんだ?」


セレナはぶるぶると震える唇を動かし、

「私はうんこさんが気になるので・・・、様子を見に戻ります・・・」

と、正直に答えた。


「そうか・・・」


引き留める様子のない勇者にほっとしたのか、

セレナが安堵の表情を浮かべる。


「私は後でうんこさんと一緒に皆さんと合流するので、

先に近くにある町に行ってもらってもいいですか?」


セレナがスッと立ち上がったその瞬間。


勇者がセレナに抱きつきキスをしようとする。


「やめてっ・・・・・!!」


セレナがぐっと顔を横にそむけ、それをかわした。


「俺の事が嫌いなのか?」


勇者がセレナの肩をつかみ、華奢な体を揺さぶりながら言う。


セレナは呼吸を整えながら、勇者の目を見て首を横に振った。


「嫌いな訳じゃないです」


「じゃあ何故だ?!どうして俺を受け入れない!?」


声を荒げる勇者の顔を見ながら、セレナが答える。


「・・・あなたは私の知っている勇者様じゃない・・・。

あなたは、誰?

勇者様は絶対にこんな事はしない・・・」


「ふっ・・・、はっはははははは!!!」


勇者の笑い声にビックリしたのか、セレナが体勢を崩しながら

両手でつり橋の縄にしがみつく。


勇者がセレナの髪をわしづかみながら、

「あなたは誰だって?勇者だろ?

どこからどうみても、黄金に輝く完璧な勇者だ。よく見ろ」

と耳打ちする。


「違う!あなたは勇者様の姿をした偽物。

うんこさんと一緒に崖から落ちて・・・・・!!」


ふと、セレナが何かに気付きつぶやく。


「まさか・・・、あなたは・・・・」


ガッ!!!!


勇者がセレナの首をつかみ、上へ上へと持ち上げていく。


息ができないのだろう、セレナは言葉を発する事が出来ず、

口をパクパクさせながら宙に浮いた足をバタつかせる。


「気付いたか・・・。俺はもう醜い茶色いモンスターじゃない。

ここで宣言しよう。俺こそが真の勇者だということを!!」


コバルトブルーだった勇者の瞳が赤黒く変色していく。


赤い目をした勇者はセレナを首を掴んだまま、その身体を橋から投げ捨てた。


「セレナあああああああああああああああああああああああ!!!!」


うんこの姿をした勇者が彼女を追いかけるように、

橋から川へと飛び込んでいく。


二人が川底に沈んだのを確認し、

勇者がふっと鼻で笑った。


「あの世で会うといい」


濁流が流れる橋の上、

勇者は不敵な笑みを浮かべながら、洞窟の方へと去って行った。








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