第6話 絶望


不穏な空気が漂う、深い森の中。


草が生い茂った崖の下で、勇者が目を覚ます。


頭を強く打ったのだろう、勇者の視点は定まらず、

グラグラとした強いめまいに襲われる。


「っ・・・くそ・・・・、あのメスガキ・・・・。

絶対にゆるさねぇ・・・・。俺が必ず、この手でぶっ殺してやる・・・」


美しい外見に似合わない憎しみに満ちた表情で、勇者はつぶやいた。


「う・・・・・・・・、うぅ・・・・・・・」

「!!」


勇者のすぐ隣で茶色い何かが草の中でうめき声をあげている。


不思議に思った勇者が恐る恐る茶色い何かに手を伸ばし、

それを強く掴んだ。


「なっ・・・・!!」


勇者の手の中、うんこが目を閉じながら

苦しそうな表情をしている。


「おっ、俺・・・・?一体、どうなってるんだ?」


勇者は近くにあった水たまりに近づき、

自分の顔を映すように、ぐっと水面を覗き込む。


「!!!」


ゆらゆらと揺れ動く水面に、

先程遭遇した金髪の青年の顔が見え、

かつてうんこだったモンスターが驚きながら笑みを浮かべる。


「・・・・・ふっ、くくくくくく・・・・・・・・」


笑い声を抑えるように偽物の勇者は口に手を当てながら肩を震わせた。


水たまりの水面には、金色に輝く長い髪をした美男子が映っており、

うんこは自分と勇者が入れ替わったのだと確信する。


にやりと口角を上げ、勇者はうんこをわしづかみする。


ガッ!!


「・・・・・」


うんこは意識を失っているのだろう、抵抗する術もなく、

そのまま勇者の手により、じわじわと水たまりの中へと押し込まれていく。


「ぐっ・・・・・がはっ・・・・・・・」


深い水たまりの中、うんこは息ができず、

じたばたと手足をばたつかせた。


その姿を楽しむかのように偽りの勇者がつぶやく。


「どうだ?俺の苦しみがわかるか?こんなのまだ甘い方だ。

これからもっともっと苦しめてやる。お前だけじゃない、

お前の仲間も一人残らずな・・・・」


動かなくなったうんこを勇者が水の中から引き上げ、

ごみを投げ捨てるように遠くの方へと投げた。


全てのしがらみから解放されたように、

勇者は清々しい表情で崖の上を見上げる。


「!?あれは・・・・何だ・・・?」


崖の上から降りてきた白い光の塊が、意識を失ったうんこの方へと近づき、

クルクルとその周りを巡回し始める。


白い光は何かに迷っているのだろうか、

今度は勇者の方へと近づきクルクルと回り始めた。


「何だ?俺と奴のどちらが真の勇者であるか、迷っているのか?」


<勇者>というキーワードを聞いて納得したのか、

白い光が勇者の体を包み込み、崖の上へと持ち上げていく。


「おお、何だかよく分からないが、凄いな。

こんな気分になったのは、生まれて初めてだ・・・・」


ゆっくりと上へと運ばれる中、勇者は心地よさそうに目を閉じた。


「勇者様!!!!!」


崖下から上がってきた勇者に向かってキャロラインが叫ぶ。


「・・・・・・・・・・・」


勇者は何も言わず、すっと地面に着地した。


白い光はまだ迷っているのか、その場で右往左往している。


それを見て、優しく勇者が声をかける。


「ごくろう、もう行っていいぞ」


勇者の言葉を聞く事なく、白い光は崖下に降り、

苦しそうに眠る茶色い物体を持ち上げた。


「おいおいおいおいおいおいおい、何する気だ!?」


予想外の事態に勇者は焦りの色を見せ、

白い光に向かって叫ぶ。


「そいつは助けなくていい!!!そこから動かすな!!!

お前は何もせず、ここから立ち去れ!!!」


男気溢れる勇者の言葉に、キャロラインの目がハートになる。


「勇者様♡私の為にあんなに怒ってくれるなんて・・・♡」


勇者の怒鳴り声に目を覚ましたのか、セレナがゆっくりと立ち上がり、

勇者の方へ駆け寄る。


「勇者様!!その光は敵じゃない!私の魔法です!!」


「誰・・・じゃない、君は・・・、君が俺を助けてくれたのか?」


勇者がセレナの顔を見て尋ねる。


「はい・・・。だから、どうか、あそこにいる方も助けさせて・・・」


セレナは悲しそうな顔で崖の下にいるうんこを見た。

うんこを支えるようにして白い光がふわふわと浮いている。


「・・・あいつは、俺の仲間を襲った奴だぞ?助ける必要なんてない!!」


勇者がセレナの肩をつかみ彼女を説得する。

しかし、セレナの思いは変わらず、

白い光はそのままうんこを崖の上へと持ち上げた。


どさっ。


うんこが無事に崖下から地上へと戻され、セレナは安堵の表情を浮かべる。


「良かった・・・」


「良くない!!!!!!」


キャロラインがセレナを睨みつけながら叫んだ。


「キャロラインさん・・・、どうして・・・・・」


「そいつは、私を崖の下に落とそうとした・・・。

それを勇者様がかばって一緒に落ちたの!なのに、どうして助けるの!?」


「理由を・・・、何か理由があるはずです。それを聞かないと・・・」


「いいかげんにして!!!

ずっと我慢してたけど、あんたのいい子ぶりっこには、もううんざり!!

誰かが殺されないと分かんないの!?敵は敵!!味方にはなれない!!!」


「そんなことっ・・・・・」


キャロラインの言葉が心の傷に刺さったのか、

セレナが言葉をつまらせる。


張りつめた空気の中、勇者が口を開いた。


「キャロライン、どの道、このモンスターとはもう会うことはない。

俺達にはやるべき事がある、そうだろう?」


「そうですね♡勇者さま!

これから魔王を倒しにいくのに、こんな奴にかまってる暇はありません」


勇者は長い黄金の髪をなびかせながら、うんこの方に近づきつぶやく。


「じゃあな、クソ野郎」


その声はキャロライン、セレナの耳に届く事なく、

風の中へと消えていった。










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