2「別れ」

『あーちゃん!! アナタこれ、どういうことなの!?』


 電話の向こうから聞こえるのは、ドスの利いた若い女性の声。

 どことなく、千代子の声に似ている。


「お、お姉ちゃん! 神戸かんべがおるから千代子って呼んで!」


『はぁっ!? あなたまだ本名明かしてないの!? ――それより、アナタと神戸さんの音声の動画見たけど、どういうことなの!?』


「それが、盗聴器仕掛けられてたみたいで……」


『なっ……プランBには移行したの!?』


「した。神戸にはちゃんとセキュアな部屋に引っ越してもろた」


『オッケー、そっちの方はひとまず良いでしょう。警察への通報と、ボディガードの手配は進めておくわ』


「ありがとう、お姉ちゃん。あのっ、神戸とウチだけやなくて、アリスちゃんのボディガードさんもお願い。女性でムキムキな人がいい」


『アリスちゃん? あぁ、有栖川さんね。了解。そ・れ・で! あの動画は何!?』


「せやから盗聴――」


『そういう意味の質問じゃないって、分かってるでしょ!?』


「ううっ……けど、あれは一緒にゲームやってただけやねん!」


『それが事実だとして、世間様にその言葉が通用するかって話をしているの! 気持ちは分からなくもないけど、浮かれすぎよ! ……アナタ、大至急戻ってきなさい』


「えっ!?」


『さすがに無理。あなたが神戸こうべに行ってるってこと、パパに隠し通せなかった。パパ、カンカンに怒ってるわよ』


「い、嫌や!」


『戻ってこないと千代子のアカウント凍結するってさ。パパ、メチャクチャ心配してるわよ』


「うっ……ぐぐぐっ、そんな、今までほったらかしやったクセに、今さら父親面なんて――」


『半分はそう。だけど、もう半分は社長として』


「せやったら昼の謝罪配信まではさせてぇな!」


『そういう次元の話ではなくなってるの。社としてちゃんと聞き取りをして、お詫びの会見をする次元の話なの』


「でも、ウチはあくまで個人勢で――」


『「ライバーズハイサーバ利用に関する契約書」の第13条、「犯罪に巻き込まれた場合は、ただちにライバーズハイ社に報告すること」。戻ってきなさい。今、すぐに』


「うっうっうっ……」


 千代子がぽろぽろと涙を流している。


『ここで抵抗すれば、それこそあなた、神戸さんと無理やり引き離されるわよ?』


「……………………分かりました」


『えーと、神戸さん? 聞いてらっしゃいますか?』


「は、はい!」


『初めまして。わたくし、千代子の姉の大神おおかみア――』


「お姉ちゃん!!」


『姉の大神、です。この度は、頭のおかしなウチの愚妹ぐまいが色々と、本当に色々とご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません。

 近いうちに弊社の者からお電話をさせて頂きますので、今から言う番号の電話には出るようにして頂けますか? 080-xxxx-xxxx』


 慌ててメモを取る。


『それでは、失礼いたします』


 電話が切れた。


「千代子」


「そう言うわけやから。ウチ、東京に帰るわ」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、千代子が言う。

 千代子が僕の胸にすがりついてきて、しばらく泣いた。それから顔を上げたときにはもう、いつもの力強い千代子の笑顔に戻っていた。


「けど、ウチは必ず戻ってくるからな! 1日3万字、サボったら承知せぇへんで!」


「分かったよ」


 そう言って千代子の頭を撫でると、彼女は微笑んだ。

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