八重歯と春の飴
野原想
八重歯と春の飴
「くぁ〜っ終わったね〜!!」
うっすら広がったピンク色の上に薄っぺらい茶色の鞄を放り投げる。
そしてその横にドカンと座り、後ろへ倒れるように寝転がった。
「皆が泣いてた中でなんでアンタだけ清々しそうなの」
「だぁって!やっと終わったんだよ〜?呪いのような高校生活が〜!!」
首を少し上げて見づらそうになりながら手を大きく横へ広げた。
「神社で呪いとか言っちゃダメでしょ」
「とりあえず横来なよ〜!めっちゃ気持ちいよ〜!」
誘う口調に委ねるように彼女の隣に寝転がる。
「この神社、屋根みたいのないんだね」
「ね〜、雨宿りお断りって感じ〜」
神様が祀られているであろう建物には雨凌ぎが付いておらず、周りを囲むように縁側が取り付けられていた。
「でもここだけ後でつけられた感じするよね、新しい」
「だね〜私達が寝っ転がる用なんだよ〜」
「そんな都合良いわけないでしょ」
呆れながら彼女の横顔を見た後で大きな空を見る。
くわっと風が吹くとその形がくっきり分かる様に桜の花びらが舞う。
下の方で小学生の騒ぐ声や、中高生が記念写真を撮っているような声が聞こえてくる。頬に落ちた花びらを摘んでぱっと離した。再び吹いた風に攫われるようにどこかへ消えてしまった。吸い込んだ空気の匂いにたまらなくなって大きく息を吸い込む。春の匂いと桜の匂いが混ざって心地いいなんてもんじゃない。肺に溜まった空気が、色を変えているような感覚。その全てを吐き出してしまわないようにと、浅く息を吐いてポケットに手を突っ込む。
「あ、飴食う?」
「マジ〜?いいもん持ってんじゃ〜ん!ちょ〜だい!」
ぼんやりと空を見上げたままの彼女の横顔をまた少し。
取り出した飴の包みを見て彼女に問いかける。
「桃とオレンジ、どっちがい?」
何かに魅入っているようにも見える彼女はまだ空を眺めていた。
「ん〜ももにする〜!」
「はいよ、」
「ふぇ!?飴ってこっち〜?てっきり放り込めるやつかと〜」
チュッパチャプスの棒を指でクルクルと回しながら言った。
「やだった?」
包みを外した飴を上へと持ち上げている。
「ん〜いや?こっちのが好き〜!あんがと〜!」
「そ」
ペラっと包みを剥いでオレンジ色の飴を口に咥える。
「うま」
「ねぇみて〜桜と同じ色〜!」
ぐわっと起き上がった彼女は桜にかざす様に飴を持ってこっちを見ていた。
そしてニカッと笑う。白い歯を見せながら、桜を背景に笑う。
「早く食べなよ」
「え〜ちょ〜冷たくな〜い?食べるけどさぁ〜!」
膨れた顔をして桜色のそれを口に入れる。
「うまぁ〜」 と言う彼女はまた無気力に後ろへとゆっくり倒れた。
カコン、カコ、とふたつの飴が歯にあたる音が聞こえる。
「八重歯、だよね」
「あたし〜?そ〜なの〜!可愛っしょ〜?」
飴をポンッと口から出して、こっちに頭を傾けた。崩れた黒い髪が絵の具の線みたいに感じられて、綺麗だった。「ほら〜」 と言いながらくっと歯を見せる。
「うん、強そう」
「強そうて〜もっとあるでしょ〜!」
もう一度、飴を咥えて頭の向きを直す。
「それにしてもさ〜綺麗だよね〜、さくら〜」
またぼんやりとした彼女がゆったりとした口調で言う。
口の中に広がるオレンジが甘酸っぱくてガリッと噛んでみる。
「あ〜飴噛んじゃうタイプだ〜!じゃ私も〜」
彼女は 「見てて」 と言うと飴を八重歯に当ててガリッと噛み砕いた。
少しだけ、見てはいけないものを見ているような、変な感覚になって。
「ど〜?」
「どうって、なにが」
「好きかな〜って思って〜」
「歯、折れるんじゃないかと思った」
「失礼だな〜」
砕かれた雨の破片が下に当たって少し痛い。
ヒリヒリする口の中に広がる飴の甘さにまた少しだけ心が持っていかれた。
「そういえばさ、この桜、なんて種類か知ってる?」
「え〜?知らな〜い、なんて種類〜?」
口の中に残っていた飴をもう一度噛んで、砕いて、飲み込んだ。
「八重桜」
全部を持ち上げるように吹いた風が桜と匂いを、言葉を舞い上げた。
やっぱり口の中が、ちょっと痛い。
八重歯と春の飴 野原想 @soragatogitai
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