僕がオカルトをやめた理由

箕田 はる

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「忘れ物はないか? ちゃんと予備バッテリー持ったか?」

 毎度おなじみのセリフを幽聖ゆうせいさんが口にする。

「はい、あります」

 僕は懐中電灯と、手持ちカメラを掲げて見せ、それから腰に巻かれたウエストポーチを叩いた。

「そうか。じゃあ、行くか」

 運転席のドアを閉め、幽聖さんが先陣を切るようにして前に出る。僕はその後を続くようにして、足を踏み出す。

 街灯がないこの場所は、懐中電灯では心許ない。ないよりまし、がぴったりなぐらいに、暗闇に閉ざされていた。

「この辺でオープニング取ろう」

 幽聖さんが足を止めて、僕に振り返る。ちょうど背後には、鬱蒼と生い茂った木々たち。これからこの奥に進んでいくのだという、恐怖と興奮を煽るようなポジションであった。

「わかりました。じゃあ、撮りますね」

 僕は幽聖さんから、数歩距離を取る。それからカメラを起動させて、幽聖さんにレンズを向けた。画面にはこちらをじっと見つめてスタンバイする幽聖さんの姿が映し出される。

「では、いきます」

 僕が合図を送り、幽聖さんが頷くのと同時に、録画開始ボタンを押した。

「始まりました『幽聖の訪問』。本日参りましたのは某県にあります、地元で密かに知られた心霊スポット。K山荘に来ております」

 僕が前説を述べると、幽聖さんが物珍しそうに視線を周囲に巡らせる。

 初見の雰囲気を出す幽聖さん。だけど、彼がこの場所を選び、下見もしているのだから、僕からしてみれば、何だかシュールだった。

「この山奥に廃屋があるそうで、その廃屋では昔、避暑地として営業されていたそうです。ですが、建てられてすぐに廃業になったらしく、どうやらその原因が幽霊騒動のせいだと言われているようでして……夜な夜な白いワンピース姿の女が立ってるだとか、深夜に二階の窓を叩かれたりもするそうです」

 僕が説明している最中に、幽聖さんが動き出す。暗澹とした空気が漂う林道を背後から撮影しつつ、周囲の様子も収めていく。後で動画の材料にする為には、必要な行動だった。

「うん。雰囲気あるね」

 山荘を目の前にして、幽聖さんが足を止める。

 画像で見るよりも大きい二階建ての廃墟を前に、僕は気圧されていた。長い年月使われていなかったせいか、屋根は崩れ落ち、窓硝子は割れて中が吹きざらしの状態になっていた。ここからだと、詳しく中までは見えないが、入るのに躊躇うような雰囲気は充分に伝わってくる。

「やばいですね。ここ」

 僕が怖じ気づいているのを尻目に、幽聖さんは懐中電灯を廃墟に向け、二度ほどカチカチと照らした。懐中電灯の調子を確かめてから、「よし、行くか」と歩き出す。

 山荘の入り口で一度立ち止まり、「失礼します」と一礼してから中へと足を踏み入れていく。その真摯な姿勢と度胸には、僕も尊敬していた。

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