紅蓮探偵

大石 陽太

第1話 少年は半年間

 とある街のとあるハンバーガー屋に二人の刑事がいた。一人は年季の入ったベージュのトレンチコートを着た中年の男、もう一人はシワひとつない綺麗な黒スーツの若い男と、誰しもが思い浮かべる刑事のイメージそのままの二人組だった。

 若い男の方は落ち着かない様子で手に持ったハンバーガーをテーブルに置くと、声を潜めて言った。

「なんか、思ったより普通じゃないですか?」

 中年の刑事はハンバーガーを貪る手を止めることなく話す。

「まだここに来て半日経ってねぇだろ。運がいいだけだ。気抜いてると死ぬぞ」

 店内は閑散としていて、リラックス効果のありそうな音楽がうっすらと流れている。

「うわっ、食べながら話すのやめてくださいよ」

 気にせず食べ続ける中年刑事は何かに追われているようにハンバーガーやポテトを口に詰め込んでいる。

 何かを諦めた若い刑事は一度は置いたハンバーガーを渋々手に取る。これといった特徴のないハンバーガーの味が口の中に広がろうとしたその時――

 鼓膜を破るほどのけたたましい轟音が店内の空気を切り裂いた。気づけば、大型トラックが刑事のすぐ後ろから店の入り口を突き破って、奥の壁に激突していた。その光景に若い刑事は絶句するが、中年刑事は驚くことなく、平然と話し始めた。

「ほら、行くぞ。死ぬぞ!」

 中年刑事はレジに金を叩きつけると、トラックとは反対の窓をタックルで突き破って店内を飛び出した。

「ちょっ、待ってくださいよ!」

 状況が整理できないまま、中年刑事の突き破った窓から若い刑事が店を出た直後、店に突撃してきたトラックが大爆発し、今の今までいた店を爆炎が飲み込んだ。振り返ることなく、平然と歩いていく中年刑事を慌てて呼び止める。

「な、ちょっと、やばくないですか⁉︎  これ! ほっといていいんですか⁉︎」

 中年刑事はポケットからライターを取り出すと悠長にタバコを吸い始めた。

「被害が店だけで済んでよかったじゃねぇか。飯食い終わってからなのもよかったな」

 そのあまりの呑気さに若い刑事は戸惑いを通り越して怒りを露わにした。

「何言ってんだアンタ! まだ中に人がいたかもしれないんだぞ!」

 感情を剥き出しにして胸ぐらを掴む若い刑事の視界で何かが動いた。中年刑事から後方に視線を移すと、遠くのビル、その上階が今まさに崩れ落ちていた。

 言葉を失う若い刑事に中年刑事はなんでもないように言った。

「そういう街なんだよ、ここは」

 そこで中年刑事の携帯が鳴る。

「もしもし、おお、今からそっちに向かうところ……何?」

 今まで涼しい顔をしていた中年刑事の眉間に初めて皺が寄った。

「な、なんです……今度は」

 まだまだ混乱中の若い刑事はしかし、何か嫌な予感を察知し恐る恐る尋ねた。



 ⭐︎



 少年は騒がしい街のど真ん中を歩いていた。

「困った困った……」

 少年、スクルト・アラタは空を見上げてため息吐いた。

「またバイト先潰れちゃったよ」

 スクルトは通りにある店を目視していくがピンとくるものはない。腕を組んで頭を悩ませるスクルトは慌てふためいている周りの人間に気づいていない。というよりは、気にしていない。

 人々が慌てるのも無理はない。スクルトの頭上は今まさに人間サイズの瓦礫が無数に降り注ごうとしていたのだから。

「おい、兄ちゃん危ねぇぞー!」

 気づいていない様子のスクルトに注意する男がいたが、それにも気づくことなく、瓦礫はそのままスクルトごと辺りを飲み込んだ。

「あーあ、ぼけっとしてっから」

 辺りの人間が瓦礫から興味を失いはじめたとき、土煙の中に人影が浮かび上がる。

「やっぱ、こんなんじゃダメだな……を探さないと」

 スクルトは無傷のまま、何事もなかったかのように独り言を呟いている。その様子に周りの人間は少しだけ驚いている。

「よし、決めた! その場凌ぎはもうやめだ!」

 何かを決意したスクルトがようやく辛気臭い顔をやめて前を向くと、少し先の交差点に一匹の猫が見えた。猫は人間社会のルールなど関係ないと言わんばかりに車が行き交う交差点のど真ん中を渡り始める。

「危ないっ!」

 スクルトは全速力で猫の元へ走る。猫が轢かれる寸前、ダイビングキャッチでギリギリ最悪の事態を回避する。クラクションと怒声を浴びせられるがスクルトは気にすることなく腕の中の命を確認する。

「ニャ、ニャンニャン」

 そこにいたのは本物に見えるほど、精巧に作られた猫ロボットだった。

「なっ、ロボ……」

 その様子を見ていた周りの人間が大声で笑った。

「博士の新作だな! しかし、猫助けするなんて、この街来てどれくらいだい!」

 がっかりするスクルトは「半年だよ」とだけ答える。それを聞いた男は目を見開いて驚く。

 スクルトは改めて猫ロボットを確認する。たしかに音声はロボットだが、動きは猫そっくりでよく見ると可愛い。今もスクルトに体を擦り寄せて甘えている。

「ロボットでもいいじゃないか! よし、決めた、お前はぼくが飼う! 簡単には死なせないぞ!」

 脇を抱えて猫ロボットを掲げる。機械音声ながら嬉しそうな鳴き声が愛らしい。

 目を輝かしていたスクルトだったが、その時、運悪く瓦礫が猫ロボットに直撃し、その小さな機械の体をペシャンコにした。

「はぁぁぁぁぁああああぁあああ⁉︎」

 絶叫するスクルトを見て周りの人間はまた笑った。

 少しだけ心に傷を負ったスクルトだったが、直後、辺りが急に暗くなった。

 見上げると、もはや瓦礫とは呼べないほど巨大なビルの一部が墜落してきていた。一瞬、隕石と錯覚してしまうほどのそれは、もはや逃げようのない距離まで接近していた。

 周りの人間が急いで逃げ出す中、スクルトはその場から動かず墜落してくるビルを呑気に眺めていた。

 隕石紛いの落下物がスクルトを押し潰そうとした時――視界を明るい何かが飲み込んだ。それを炎だと理解するのに時間がかかったのは、その規模があまりに空想じみていたからだ。スクルトはなぜかその炎から目が離せなかった。スクルトの勘がそうさせた。

 轟々と燃える圧倒的な熱の中から人影が落ちてくる。

「こちらジーク。目標クリア。被害は最小限に抑えた」

 飛び出してきたのは身長二メートルはある鋭い目の男だった。男は携帯で誰かと話をしている。

「あなたはまさか……」

 男は携帯を切った後、スクルトに尋ねた。

「怪我はないか、少年」

 なんの確証もなかったが、目の前にいるのが半年間探し続けてきた人間だとスクルトは確信した。

「あなたが――紅蓮探偵」

 男は慣れた様子でスクルトの質問に答えた。

「いかにも、俺が紅蓮探偵ジークだ」






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