天使すぎる義妹たちが俺をオトそうと小悪魔的に誘惑してくるので義兄として優しく叱ってやらなければいけない
海老蟹サーモン
「“お兄ちゃん”は、妹に恋をするものなんですよ?」
第1話 末妹は馬乗りになる
ギシッとベッドのスプリングが軋む。
軽く身体が揺れた感覚に、俺は目を覚ました。
「……あっ……」
瞼を持ち上げると同時、鈴を転がしたような小声が、寝起きの鼓膜をくすぐる。
「起きちゃいました……?」
「んん……?」
ぼんやり天井を映した俺の視界に、艶やかな白銀の髪の美少女が下からひょこんと入り込んだ。
なんか、ものっすごく印象深い顔だ──ああ、そうか、
ひとつ下の学年で、生徒たちの間で天使だとか囁かれているくらい儚げで可憐な容姿を持つ──つい昨日、俺の血の繋がらない妹になったうちのひとり。
スマホを操作していた紅羽は、一瞬焦った表情を見せたかと思うと、すぐに気を取り直して、ふわりと
甘ったるい色をした大きな瞳があえかに細まる。
若干垂れ目なせいか、マイナスイオンを放出していそうなほど癒しオーラ全開の笑顔だ。
「おはようございますっ、おにぃちゃん」
「う、ん……、おは……」
和やかな声音で奏でられたその呼称には、まだ少し、違和感が抜けない。
──が。
頭が覚醒していくにつれ、それ以上に強い違和感が俺を襲った。
両手が、頭上で動かない。
「……ん……っ? ……はっ!?」
ぐっと力を入れるが、両手首ががっちり固定されたまま離れない。
「あっ、暴れちゃだめですっ。きつく拘束してるので痕残っちゃいますよ……!」
なんっだその忠告!?
しかし紅羽の言う通り、どれだけ外そうと手首を捻ってみても、ただ粗い感触が皮膚を擦るだけだ。時すでに遅し、ヒリヒリと痛みを感じる。
無理やり頭上を見上げると、ベッドのヘッドボードに両腕が、これでもかというくらいギッチギチに麻縄で縛り付けられているのが見えた。
はっ……はあ!?
なんだ、これ。マジでなにされてんだ俺……!?
「想定よりもはやいお目覚めでしたね。まだ夜の一時ですよ。──眠剤の量少なかったのかなぁ」
いま、この子、可愛い声でさらっと眠剤っつった?
……睡眠導入剤……盛られたのか……!?
しかも爆弾は、それだけに留まらない。さっきから、ずっと。
「ちょ、ま……待って……おい、紅羽、どこ乗っかってっ……!」
「えっ?」
やっとちゃんと喉から繰り出した声は、寝起きのせいで掠れていた。だが咳払いする余裕もない。
正面の少し下から俺を見つめている紅羽は、わざとらしくきょとんと小首を傾げた。
そう、寝転んでいる俺から見ての、正面の少し下だ。
訊くまでもなくある部位に柔らかな感触とたしかな重量を感じるのだが、あまりにも容認しがたい状況に問いをぶつけずにいられない。
「ふふっ。教えてあげましょうか?」
「っ!!」
紅羽は無邪気な吐息を零し──思考の追いつかない俺の腹部に手をつき、まるで主張するように、すり、と緩やかに腰を動かしてみせた。
「ちょぁっ──」
俺は焦り、上半身の可動域がかなり制限された中で、勢いよく顔だけを起こした。
たくしあげられたネグリジェから覗く、ほっそりとしつつ柔い肉感を残した白い太腿が、俺の腰あたりに無遠慮に乗っかっている──つまり彼女が、俺の身体に跨っているのが、視認できてしまう。
「おにぃちゃんの股間の上に、脚を開いて馬乗りになってるんですよ?」
とんでもなく愛らしい声で、目の前の光景を直接的な表現で説明された。
くらりと脳が揺れる。
いや、待て、なんだこれ、なんでこんな奇怪な状況に──
「あは。……おにぃちゃんのココ、硬い、ですね」
これみよがしに腹部を這う細い手の感触と、揶揄うみたいに深められた笑みに、ゾッと身の毛がよだった。
待て待て待て、待てっ!
さすがに、これはさすがに、怒らなければいけない……!!
だって、俺はもう────この子の兄貴なわけだし!!
「おまっ……!」
「しぃーっ……。
紅羽はぷるっと潤った淡い桜色の唇に人差し指を添え、あたかも俺に非があるかのように咎める言葉を吐いた。
全身が凍りつき、頭の中で大音量の警告音が鳴り響く。
やっと、理解した。
理解してしまった。
────俺はいまにも、襲われようとしているのだ。
このままじゃ血の繋がらない、天使の皮を被った妹に──取って喰われる……!!
※ ※ ※
そもそもにして、紅羽とは、わずか一日と九時間前──つまり一昨日の放課後に知り合ったばかりの間柄だ。
このことについては、二点ほど留意点がある。
ひとつ、一昨日に知り合ったばかりというのは、あくまで俺の記憶に依る事実であること。
ふたつ、知り合った時点では、俺は紅羽を義妹としてではなく──ただの、ひとつ下の学年の後輩女子として認識していたこと。
一昨日の放課後、担任に書類を提出して職員室を出た俺は、生徒玄関へ向かおうとしていた。
その途中で声をかけられたのだ。
「せんぱいっ」
最初は俺を呼びとめる声だとは思わなかった。
よく通る綺麗な声だな、とか思いつつ歩いていたら、
「
今度は俺のフルネームを叫ばれた。
驚いて振り返ると、この高校きっての珠玉の美少女が、腰まである絹のように細い白銀の髪を揺らして追いかけてきたところだった。
彼女の声を聴いたのは、この時がはじめてだった。
厳密に言えば、はじめてのはずなのだ、俺の記憶では。
だが、彼女の存在はかねてより知っていた。
つい半月前の入学式では新入生代表を務め、その色素が薄く愛らしい顔立ちと人当たりの好さと出るとこ出た抜群のスタイルで男という男を魅了し、毎日のように交際を申し込まれてはひとりひとりに丁寧にお礼と断りの返事をして以降も後腐れなく接し、さらには同性の友だちも多い──という、まさしく地上に舞い降りた天使を体現する
なるほどすごい後輩がいたものだなあと、俺も感心して傾聴した憶えがある。
そんな天使がなぜ、俺の名前を知っているのか。そしてなぜ緊張気味に呼びとめてきたのか、見当もつかない。
「あのっ、わたし、
「え……。うん、知ってる、けど……?」
困惑しつつもとりあえず頷くと、彼女は表情の強張りを解き、ぱあっと明るい笑顔を浮かべた。
「もしかしてせんぱい、わたしと出会った日のこと憶えてますか?」
らんらんと期待に満ちた瞳で見つめられてたじろぐ。
出会った日のこと、……って、え?
こんな可愛い子と話したことなんか、あったっけ……?
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